第10話 ラーゲルクヴィスト領にて
あれから2週間。
馬車に揺られ、時折休憩を挟んでの旅路はようやく終わりを告げる。
「ようやく着いたわ。……この大陸の中心にして、大陸西側における『東の果ての土地』……私の生まれ育った土地。レイアード王国最東端、ラーゲルクヴィスト辺境伯が治めるラーゲルクヴィスト領です」
ソフィアがそういって窓を開ける。
そこは領地の向こう側に灰雨の雨雲のようなもので覆われた山脈と、一カ所だけある昏い裂け目のような場所のある土地。
緑豊かではあるが、同時に禁域や封域で西を除くほぼ3方向が囲まれたと言える領地は、農工商のどれをとっても成長性の限界に達しているのが火を見るより明らかであった。
「……歴代の辺境伯が開拓して育てた土地なんだな」
「……ええ。同時に開発しつくされた土地でもあります。……ダンジョンがなければ、今頃辺境伯領は見る影もないことになっていたでしょうね」
「? なんでだ?」
恭二が首を傾げる。
「今の王になってから、我が領の税だけ異様に吊り上げられ、払えぬことを理由に冷遇、貴族以外の移動制限など数えられぬ嫌がらせを受けていますから……父でなければ心が折れていたかもしれません」
「「「……………」」」
「……すみません、客人の皆さんに言ってもどうしようもないことを……」
オレたちは何ともいえぬ空気の中、屋敷に着くまで馬車に揺られることとなる。
「お父様、私です。ソフィアです。転移者の方々をお連れしました」
『……入りなさい』
馬車に揺られて数時間後。
デカい屋敷に案内され、執務室のようなところにオレたちは入室する。
そこには白に染まりつつある黒髪と、白に染まりきった豊かなカイゼル髭の男性がいた。
なにやら羽ペンで書いたりしている。
「……」
少し無言の時間が続き、書類?を書き終えた男性が顔を上げた。
「ソフィア、アストリッド先生はおかえり。転移者の諸君ははじめましてだな」
そういうと椅子から立ち上がり、彼は一礼する。
「私はテオ・ワーグナー・ラーゲルクヴィスト。このラーゲルクヴィスト領を差配する辺境伯だ。転移者である君たちを歓迎しよう」
顔を上げたあと険しい顔を破顔させる。
「しかし……娘から魔法通信で商人だと聞いていたが、何れもそこらの冒険者より才覚があるようだな? どうやら中央の連中のジョブ至上主義は昔からだと思っていたが、よもやよもやだ」
頷く辺境伯。
「しかし……ふむ……」
少し困り顔をしたあと、辺境伯は口を開く。
「――君たち、レイアード王国にいる他の転移者たちに身内や家族……親しい者は?」
藪から棒な質問にオレたちは首を傾げる。
「いや、いないが……」
「そうか。……彼らは君たちにとって、同郷の人間であり、正直どうでもいいといったところかな?」
「探り合いとか面倒だ、単刀直入に言えよ」
イオリがジト目でそう告げる。
「ふむ……ではそうするか。――端的に言えば我がラーゲルクヴィスト家はレイアード王国に反旗を翻す予定なのだよ。反旗翻したあと、王国側が前線に転移者たちを駆り出してくる可能性が高いのでね、君たちとの関係悪化を望んでいない。故に事前に確認を取っておいたと言うわけだ」
「……辺境伯単体で敵対とか鎮圧されておしまいだろ?東は禁域で囲まれてるから援軍とかねぇだろうし、大陸西側の東の最果てと言われてるこの領地で王国相手に勝てんのかよ」
恭二の言葉に辺境伯は頷く。
「勝算があるから準備しているんだ。……ああ、細かいことは教えられない。お互いに疑心暗鬼は望まぬところだろう?」
「まあそうだな」
オレの言葉に辺境伯はほっとした顔を見せる。
「とりあえずウチの客人として離れをいつでも使えるようにしておこう。レベル上げをしたいなら娘や先生とともに領内のダンジョンを巡るといい。なに、戦争はほぼこちらの蹂躙による制圧戦がほとんどになる、君たちを煩わせることは無いだろう」
「さて、こっちにはアストレイアというバグキャラが居るしな、どうなってるか聞いてみるかね」
離れの一室にて、オレたちは車座になって話していた。
「アストレイア曰く『灰雨山脈の東側の帝国が一枚噛んでる、あとは戦争の推移を見てれば良い』とのことデス」
「とりあえずは……長旅のリフレッシュをしますかね」
戦争には色々思うところがあったが、今回は静観を決め込むことにした。