エピローグ
グラベスター大通りが壮大な打ち上げ花火で賑わった大晦日の翌日。
路地に積もった雪を踏みしめ、祝いの言葉を交わす人々。氷の粒がシャーベットのようにきらめく新年第一日目の午前。
ラヴェンナ・ヴァラディはウィスタリア私立図書館社長室の扉を叩いた。
「失礼します。社長、報告があります」
ダイアンは机の上の書類から顔を上げずに答える。
「大閲覧室と書棚の修繕費なら、ワットから聞いていますよ」
あくまで上品に微笑む。目の前に示された数字はさながら笑えない額だが。
「申し訳ありませんでした。社長」
「今回のことは、あなたに咎はありません」
「そのことだけではないのです」
ゆっくりとラヴェンナが顔を上げると、ハーフアップを形作る三つ編みが、かすかに乱れる。
「その。プルさんとスウィーティに言われたのです。防災訓練の時社長が、哀しそうだったと」
金額を追うダイアンの視線がかすかに、静止する。
「わたしは、ずっとわかりませんでした。自分の身を護る意味が」
彼の心を動かすのはいつだってこの素直さと。
「でも今は少しだけ、わかった気がします」
健気さとそして。
「社長は、わたしに、様々な感情を教えてくださいました」
ひたすらまっすぐな思慕と。
「最近新たにメモライズされたものがあります」
かすかに上気した頬に、ウィスタリアの瞳。
愛すべき宅配司書の報告の要は以下だった。
「もったいない、という感情です」
かすかに、伏せたダイアンの口元が綻ぶ。
「言語的には、アジアの小国が発端の言葉なのですが」
ふわりと、ラヴェンナの口元もまた、三日月型を描き。
「不思議ですね。言葉も本も。――時代も距離も隔てても、同じだと心が鳴るのです」
――この国の地下オークションで。
――不要物として売られていたわたしは。
ぎゅっと、ラヴェンナは制服の胸を掴む。
「今自分が捨て置かれてしまうのはとても、もったいないと」
――わたしにはできることがある。
――わたしを、待っている人がいる。
――今はそんなふうに思えて、思えて――。
「それを教えてくれたのは」
たくさんのお客様と、仲間たちと。
そして、そして――。
その先は、上司の笑みが遮った。
「ラヴェンナさん」
差し出された、書類の束が一つ。
「ちょうどファックスが来たから、目を通しておきなさい」
克明に印字されたアルファベットに、胸が高鳴るのだ。
この書面を受け取ると、いつだって。
「次の依頼先はこの国です」
未知なる地名に、ウィスタリアの瞳が輝く。
「了解いたしました! 社長」
胸に手をあて、膝を折り。
宅配司書は、美麗な礼をする。
アジア、ヨーロッパ、オセアニア、アフリカ。
名もない小国でも、国境地帯でも、そこが、国ですらなくても。
本を集めた物語。
束の間の人生に何かを求める人がいるのなら。
どこへなりと馳せ参じる。
「初めまして、お客様。ウィスタリア私立図書館宅配司書サービス所属。ラヴェンナ・ヴァラディと申します」
宅配司書は今日も地球儀上のどこかで、本語りの旅に出かけている。
了




