第5話 宅配司書が死ねない理由 ⑪
ワットはこれ以上ないほど迅速に社長に事の次第を伝えた。
話は蜘蛛の巣式に広まり今、ウィスタリア私立図書館図書館員は会議室に件の呪いの書を置きそろって渋面を浮かべている。
「まさしく緊急事態だ」
ワットの宣言を受けずとも、プルメリアはお誕生席にぽつんと腰かけているラヴェンナを見やる。
「あんた今日は、宿まであたしとスウィーティと帰りなさい」
妙齢の女子三人は社員寮に暮らしているが、仕事量により帰宅はばらばらであることが常だ。
「いや。敵は殺意すら持っている。女性だけでは危険だ。僕も同行する」
「でも、でももしも、その怖い女の人が途中で襲ってきたら」
傍らでスウィーティがぎゅっと、彼のズボンの裾を掴む。
「ラヴェンナちゃんに何かあったら、わたし……」
「ラヴェンナさん。こちらにいらっしゃいましたか」
ここへ来て、ダイアンが会話に加わる。
さすがは社長というだけあって、隙のない笑顔の彼が登場するとどことなくその場に安心感が伝わる。
「問題の手紙ですが、どうしても気になりますので」
そして時に、
「今夜は宿に帰らず、僕といらっしゃい」
ウィスタリア私立図書館にさらりと爆弾を落としていくのも、彼であった。
午後七時。ガラス天井にオリオン座がまたたくウィスタリア図書館開架書架、貸出カウンター前。
「業務連絡です」
社長、ダイアン・オルブライトの前に、主たる図書館員が勢ぞろいしていた。
「みなさん知っての通り、本日ラヴェンナさんに危害を加える意図が見られる書面が届けられ、先日の女性のお客様のこともありますので安全のため僕の家で一晩匿おうと――しましたが、それは安全とは言えないという誠に不敬なみなさまのご意見により、本日」
一度言葉を切り、溜め、ダイアンは言を継ぐ。
「業務終了後図書館に全員で宿泊、ラヴェンナさんを守ろう委員会を発足いたします」
拍手となぜかいえーいという歓声まで起きている。非常時にも不可思議な空間、それがウィスタリア私立図書館である。
館員の武装については、災害研修の際に述べたので割愛しておく。
「ラヴェンナさんに危害が及びそうになったら迅速に報告。僕が到着するまで時差があった場合はできるかぎり援護。何か質問はありますか」
「戦闘による死傷の可否は」
ゴルフクラブを掴んだワットが意気込む。
にこりと微笑み、ダイアンは応じた。
「可です。ただし、相手方ならば」
――言い切るんだ。
プルメリアは胸の中でつっこむ。
次いではいっと挙手したのはスウィーティだ。
「ラヴェンナちゃんがおっきなフェニックスとか、ドラゴンとか、念力とかで連れ去られちゃったらどうしますかっ⁉」
「その場合もひとまず報告を。同等の力により奪還します」
再度、プルメリアは胸中で、
――ここはファンタジー小説の読み過ぎをいさめるところでしょ。
というつっこみを一つ、次いで。
――何者ですか、社長。
何度もこの人物に抱いた疑問を改めて一つ。
「改めてみなさんに命じます」
ボルドーのうちにダークレッドを宿した瞳。鳶色の髪。
眉目秀麗の当館社長は嫣然と微笑んだ。
「何があっても、ラヴェンナさんを守り通すように」
「「「いえっさー」」」
「返事が一つ足りないですね」
こほん、とダイアンは咳払いする。
「ラヴェンナさん。あなたもですよ。あなた自身があなたを、守り抜いてください」
「……はい」
戸惑ったようなかすかな声。
例によってキャスターと同僚たちに身の回りを完全武装されたラヴェンナは応じる。
自分を守る意味がわからないとは、もう反論しなかった。




