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第5話 宅配司書が死ねない理由 ⑤

「社長とけんかしたぁ?」

 夜の帳が降りた閉館作業後。

 関係者のみの使用が許された、二階のコワーキングスペース。

 昼休みにラヴェンナは、同僚たちに事の次第を報告していた。



 片手でくゆらせているブラックコーヒーの水面を写し取ったようなブラックカラントの目を呆れたように丸くするプルメリアに、膨らませた頬をそのままにラヴェンナは頷く。

「あんまりです。社長ってば、大事なお客様にとりあうな、など」

「あのねぇ、あんたが理想論保持者なのは今に始まったことじゃないけど」



 プルメリアはそう言って傍らにあるスフレカップに盛られたクッキーを取り去る。ためらいなく動いたむき出しのその肩が、天井からの明かりを受けて光る。

 ロイヤルブルーの肩にぴたりとひし形にはりついた左右の袖は真ん中が大きく空いている。そこに覗く健康的な小麦色の肌。スカートとの境界には太いベルト。ラヴェンナのそれより数段、大人びたデザインの制服を身に着けた彼女は、ハワイ出身のウィスタリア私立図書館専属作家である。

「図書館員の誇り高き使命感でなんでも片がつくわけないことくらい、いい加減わかんなさいよ。首絞められたんでしょ? どう考えてもヤバいやつよ、その女」

 さくさく数枚のクッキーを咀嚼する音に、唇をすぼめたラヴェンナの所感が被さる。



「プルさんも、社長の味方ですか」

 ラヴェンナがむくれた顔をそのまま、別の方向へ向けた。

「スウィーティは、わかってくれますよね」

「うん、わかる」

 と、隣の席でマロンクリームティーの入ったマグを両手に包み込んでいたスウィーティは口癖になりつつある、にもかかわらず深い共感性のにじみ出た一言を発し、

「そういう人にこそ本を提供したいって、それすごくラヴェンナちゃんらしいし、それでこそ司書さんだなぁってわたしは思うよ」

「スウィーティ……!」

 感動に瞳を潤ませるラヴェンナの傍ら、

「ちょ、スウィーティ、気持ちはわかるが、今それを言ったら」



 アレンジなしのシャツに濃紺のズボンの制服。館内ゆえトレードマークのハンチング帽は取り去っている、運転手のワットが危惧を示した台詞にも、スウィーティは深々と頷く。

「でもね、わたしは。――だからこそラヴェンナちゃんが心配」

 深刻に細められた。りすのようなチェスナットブラウンの瞳に、全員の注目が集まる。

「ほら、こういう言葉あるでしょ。仕事熱心な人にこそ、その。――殉職、とか」

「ちょっと!」

 今にも泣き出しそうな顔で告げられた言葉に、すかさずプルメリアが介入する。

「物騒なこと言わないでよ、嫌ね」

「しかしながら、それも業務のうちだとすると、それは問題に、なるのでしょうか……」

 天井を睨み、大真面目に思考を始めるラヴェンナを前に、スウィーティがわっと顔を腕に伏せた。

「ほらねっ、こういうとこが心配なの~っ!」

「ラヴェンナあんたもばか言うの止めなさい」



 プルメリアの叱責にも首を傾げ、わかっていなさそうなラヴェンナ。

 流れる妙な雰囲気を咳払いでとりはらうのを試みたのはワットだった。

「しばらくラヴィは一人きりにならないようにした方がいい。館内でも、外でも」

「うんうん、ぜったいそうだよ!」

 ころりと顔を上げ、ぐっと拳を握ることでスウィーティが肯定の意を表現する。

「事件が起きた時も、臨時の挿絵の注文が来て書庫にこもってなければ、わたしだって戦ったのに!」

「ラヴェンナ、その狂人女の特徴は?」

 姉御ぶりを見せ手際よく仕切るプルメリアに向けた顎にラヴェンナは人差し指を添える。

「様子が変わられる前は美しく、儚げな方だったような」

 色素の薄い紫の瞳、セピアの髪を持つ、ラヴェンナの母だという人物。



「社長は何かご存知のようだったのですが」

 天上を睨み、手がかりの要素を探していると、はぁという吐息が降りかかる。

「絶妙にいつも通りだけどあんた、怖くないの?」

 紙コップごとプルメリアが呆れたようにこちらを示している。

「怖い……何故ですか?」

「何故って。その女は明らかあんたを狙ってたんでしょうが」

 にこりと、ラヴェンナは微笑すら浮かべる。

「わたしはもともと、人間社会から破棄された身です。忌み嫌われることはふつうでした」

「どんな人生送ってきたのよ。ったく」

 くしゃっと握りつぶした紙コップをプルメリアが放ると、軽やかに弧を描いてダストボックスに納まる。



「ラヴェンナちゃん……っ! なんでもこのスウィーティが、話聴くからね」

 涙目のお人よし画家の申し出にも、ラヴェンナは張り合いなくうーんと首を傾げる。

「たぶん、かつてのわたしもわたしが嫌いで。わたしに向かう憎しみ対する反論も特に持たなかったのです」

 憐憫も交えず淡々と語られた事実に、一同は言葉を失くす。

「自分が自分を嫌いだという声と、世の中が自分を嫌いだという声がごった煮のように入り混じり、怖いという具材は、お鍋の奥の奥へと押し込められてしまったみたいです」

「うんうん、わかるー。たまねぎも煮過ぎると、なくなっちゃうもんねー」

「スウィーティ。その例え、あってるの?」

「カレーだとあえて煮詰めてなくすという調理法もある」

「ワット。あんたのそれはもはや完全に焦点ずれてるわよね?」

プルメリアのつっこみにも、隠れ天然を地でいくワットはこほんと咳払いを一つ。

「そう。恐怖などごった煮でなくしてしまえばいい――これより、ラヴェンナを守ろう委員会の発足を提案する」

「つながってた! なんか知らないけど変な例え話思わぬ真っ当なところへつながってたわ!」

 プルメリアが驚嘆の意を表したところで、ワットはまだあどけなさの残るその顔に渋面を作った。

「ワット! すごい! いい考えだね、天才!」

「あ。その……。仲間を守るためだったら、当然……」



 最近本の挿絵の創作技術というマニアックな分野で気が合い、教え合っているとかで親密になり始めたスウィーティの太鼓判に、初心な彼は顔を赤らめて俯く。

 ちなみにテーブルの上にある当館自慢のジンジャー・クッキーもスウィーティ作という事実を妙に意識させるせいで、衆人環視の際にはその一つにも手をつけることが叶わない、哀れなワットである。

 ゆらりと、ラヴェンナが頭を下げる。



「みなさん、ありがとうございます。でも、わたしは平気ですから」

 が、ここで留まるラヴェンナの愉快な仲間たちではない。

 まずは図書館外にバリケードを、いやいや入り口付近にレーダーをと、やや現実味のない提案が持ち上がり出す中、



「みなさん、こちらに集っておられたのですか」

 ダイアン社長が顔を出す。

 彼はいけませんねと苦笑しながら、

「館員同士のコミュニケーションも大切ですが、もう八時を過ぎています。暗くならないうちに帰りなさい。ラヴェンナさんは僕に宿まで大人しく送られるように」

「はっ」

「やばっ」

「いっけない」

「もうそんな時間でしたか」

 かくして、散り散りに帰り支度を始める館員たちに、

「休館日の明日は臨時の研修を行いますので、そのつもりで」

 ダイアン社長はそう言い置くと、仕事に戻っていく。

「研修ぅ? スウィーティそんなの初めて」

「なんのつもりかしら、社長も」

「いつもの気まぐれ、かな」

 口々に言い募る館員たちとともにラヴェンナもまた、首を傾げるしかないのであった。


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