第1話 宅配司書と作家志望 ①
世界の中間に位置する島、ハワイ州オアフ島ホノルル。
アメリカの南西。オーストラリアの北東。太平洋の中心。
ヤシの木の連なる開放的なビーチから数メートルの場所に立ち並ぶ高級ホテルやショッピングビル。
カフェや海辺に出向けば、先住民の血を引く小麦色、白色、アジアの黄色――様々な色をした人々とすれ違う。
ロッキングチェアーでカクテルを楽しむ男女の前を足早に通るビジネスマン。
肥沃な自然と観光業が潤す経済。
ここはすべてを備え、受け入れる島。
――否。
娯楽に興じる人々からどうにか距離をとり、開いた胸元に挟んだサングラスを掲げ、プルメリアは目を眇めた。
異端者はどこにでも存在すると思う。
こんな平和ボケした時代と場所でも。
例えば、宅配司書なんていうものがそれだ。
四月のからりとした太陽が白い浜辺に降り注ぐさなか、小舟から一人の女が降り立った。
二十代後半には達していないと思われる、どこかあどけなさの残る端正な顔立ち。
薄紫の瞳に陶器のような白い肌。
ゆるくカールさせたセピア色の髪をサイドから三つ編みにしてローアンバーのリボンで纏め、ハーフアップにしている。
大ぶりの革でできた大ぶりの鞄。
隙なく纏うロイヤルブルーの制服には、ところどころに華やぎがある。
肩にかけて広がるイートン・カラーの襟元は胸元で片方の端がもう一方に入り込むデザイン。中心に列に金のボタンが列を成したトレンチスカート。
例えるなら大人しそうなお人形。
それが女に対するプルメリアの第一印象だった。
小綺麗なミニチュアの細工の中にたたずむ、理想化されたお人形。
「ご依頼感謝いたします。プルメリア・アネラ様でお間違えないでしょうか」
人形は破顔することでその近寄りがたい雰囲気を自ら打ち破る。
「ウィスタリア私立図書館司書宅配サービス部所属。ラヴェンナ・ヴァラディと申します」
胸に手をあてて垂直に身体を落とし礼をすると、光のあたる角度が変わりW・Lの文字を藤の花の半円で囲った襟元のブローチが光る。
舞台効果が醸し出すような光景に、ぼんやりとプリメリアは思う。
彼女にはスカートでも指でつまんで足を引く方が似合いのような気がした。
「さっそくですが、どのようなサービスをご希望でしょうか」
控えめな笑みを浮かべ、女は革のバッグを置いた。利便性を加味してスーツケースにしないのは、図書館が扱う、物語の世界観というやつなのか。
「当館のサービス内容は、お客様のご要望に応じたブックトークの実演が主になりますが、他にも入手困難な本の探索、外国の図書の取り寄せや読み聞かせレコードの作成など――」
「ああもう、そのへんでいいわ」
説明を遮りプルメリアは手を振った。
「いいの、いらないわよ、そんなのは。物珍しくて暇つぶしに注文しただけだもの」
彼女の属す国、零れんばかりの藤の花『ウィスタリア』と呼ぶのにふさわしい瞳が大きく見開かれる。
相手の動揺をプリメリアは満足げに眺める。
初めて、笑みが沸いた。
「あんた見てくれも悪くないし、ちょうどいいわ」
一呼吸すら置かず、繊細なその手を掴む。
強引に掴んだら折れそうだったから、多少は加減して。
「あたしの話し相手になってよ」
人形はしばらくこちらを見つめる。
驚きに揺れるウィスタリアの中、拒絶の色を探してみるが、見当たらなかった。