【04 一回戦・楽屋】
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・【04 一回戦・楽屋】
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一回戦からテレビの撮影がある。それがオールラフトーナメントらしい。
勿論、一回戦だと明確にスベる芸人も出てくる。
でもそれも加工ナシで全部放送される。
だから中途半端な芸人にとっては、マイナス・プロモーションにも繋がる。
出てナンボ、という考え方の人もいるけども、オールラフトーナメントは昔、出ちゃいけない大会と言われていた。
その大会が、そのテレビ番組が六年ぶりの復活。
この世界はお祭り騒ぎで、一回戦から注目度も高い。
だからこそ、というかなんというか、ねずくん大丈夫かなという気持ちがある。
昔は実力派として、有名だったらしい。いや当時、僕はまだお笑いに興味があまり無くて、ちゃんとは知らないけども。
それこそ『モジラとワン太』や『オヤヤッサン』とかは、お笑いのことを知らなくても耳にする芸人だったけど。
『オヤヤッサン』の曲なんてこの世界で大ヒットした。
……まあ少々下品な曲だったので、僕はあんまり好きじゃなかったけど。
そんな『モジラとワン太』も『オヤヤッサン』も参加しているこの大会。
果たして僕たちはどこまでいけるのだろうか。
テレビ局内に入り、僕は大勢がいる、いわゆる大楽屋が居心地悪くて、一人で自販機のコーナーへ行くと、そこには『スターマイン鰤子』さんがいた。
いわゆるスタブリさん。孤高のネタ職人の女性で、尖ったフリップネタをする芸人だ。
僕はできるだけスタブリさんの視界に入らないように、缶コーヒーでも買おうとすると、珍しくスタブリさんが話し掛けてきた。
「ニコくん、何かめっちゃ緊張するねっ」
そう俯きがちに言ったスタブリさんに会釈をすると、
「ニコくんって優勝したらどんなお願いするの?」
と聞いてきたので、僕はまあ言うしかないかなと思って答えることにした。
「本当の笑顔になりたいんだ」
でも言ったとて、どうせ”そうじゃなくて本当のヤツ”みたいなこと言われるだろうと思っていると、
「ニコくんらしいね。良いと思う」
と言ってくれて、何だか嬉しかった。
だから僕は会話を続けようと、
「スタブリさんは何をお願いするの?」
「私はね、師匠がいるの。まだ会ったことない師匠」
「まだ会ったことない師匠?」
「そう、文通だけなんだけども、私の師匠」
「そんな人がいるんだね、文通って何だか素敵だね」
「ありがとう。でもね、私は師匠に逢いたいんだ。だから私のお願いは師匠に逢うこと」
そうキラキラした瞳で窓の外を見たスタブリさんは続けて、
「その師匠はね、ジャイアント墨子さんと言うんだけども、この世界とは別の世界にいるんだって」
「世界が違うのに文通できるんだ」
「うん、ほら、この世界と別の世界を繋ぐ仕事してるペッタちゃんっているでしょ? 彼女が担当しているんだってさ、こういう世界観を結ぶ文通って」
「ペッタちゃ……さん、って確か『ナノノペッタ』のペッタさん? そう言えば他に仕事しているって言ってましたね」
「そもそも世界を繋ぐオペレーターをやっていて、そこから”ペッタ”ちゃんなんだってさ」
「そうなんだっ、スタブリさんって詳しいですね」
「何かそういうの調べたりすること、好きなんだよね。凝り性だからかな」
僕はスタブリさんのことをより一層尊敬した。
元々尊敬はしている。昔から活躍している、僕のずっと先輩なのに、物腰が柔らかく、そしてお笑いの才能がある人。
スタブリさんはピン芸人なので、全部自分で作っているということ。
どう考えても僕より才能のある人だ。
きっとこういう人が優勝するんだろうなと思うと、何だかちょっと嬉しさもある。
だってスタブリさんが師匠に逢うことができるということだから。
その後、僕とスタブリさんは黙って、でも並んでコーヒーを飲んだ。
そんなまったりとした時間が居心地良いなぁと思っていると、遠くからデカい声が聞こえ出した。
「新平の! 新平の屁から逃げるぞーぃ!」
「てやんでぇい! というか寺で屁ぇでぇい!」
この声は……案の定、イチグラムくんと『オヤヤッサン』だった。
オヤヤッサンは僕とスタブリさんを見るなり、指差してこう言った。
「スタブリとニコがしっぽりかましてるでぇい! キスでもしたでぇいっ?」
うわー、マジでこういうノリ嫌だ、と思いつつ、立ち上がり、その場をあとにしようとすると、スタブリさんが小声で、
「何か勘違いされちゃってゴメンね」
と言った。
振り返るとまたオヤヤッサンからイジられると思って、つい無視する形になってしまい、とりあえずトイレに逃げ込んだ時にしこたま後悔した。
というかオヤヤッサンのこと、マジで苦手だ……あれがこの世界のレジェンド芸人……信じたくない……。