8話:再会〜元婚約者の嘘〜
無理矢理表現があります。R15です。
雪解けの季節を迎えたある日、ルディオールとメリルリアは王都へ向けて出発した。
屋敷はヴィンスと侍女長に任せ、ヴィンスの後継者となるべく修行中のジャックと、メリルリア付きの侍女マリーを伴として、約2週間かけて王都へ上るスケジュールだ。
道中は、特に事故や事件に巻き込まれることはなく、平和な旅路となった。
馬車は、常に三人か四人で一緒に乗っていた。
時々三人なのは、マリーまたはジャックが、御者の隣に座っていたからだ。
夜道を走るのは危険なため、行く先々でそれなりにちゃんとした宿が予約されていた。
食事も美味しく、快適かつ順調な旅と言えた。
因みに、部屋は全てツインが2部屋予約されており、部屋割りは毎日、男性組と女性組で分かれた。
途中、マリーが2回、ジャックが1回、ルディオールとメリルリアが同室ではないことをツッ込んだ。
しかし、夫婦のくせに謎の初恋状態の二人は、揃いも揃って同室を遠慮した。
ルディオールに至っては、「そもそも未婚の男女を同室にはできない。けしからん」とかなんとか言い出す始末で、マリーは「父親ですか?いや、父親ならとっととやることやって父親になってるはずですよね……」と毒を吐き、隣に並んで立っていたジャックを苦笑させたりもした。
四人が王都につく頃には、桜の花が咲き始めていた。
*****
王宮にて、メリルリアは久々の夜会に緊張していた。
ルディオールは、流石辺境伯というべきか堂々としており、メリルリアをそつなくエスコートしているが、その凛とした洗練された佇まいに、メリルリアは少しドキドキした。
メリルリアは、茶会や夜会を含め、社交が得意ではなかった。
しかし、いつもと違うルディオールは新鮮で、夜会も悪くないと思えた。
久々のコルセットやドレス、ジュエリー、そして高いヒールの靴達は、メリルリアをいつもより美しく見せてくれて、平凡な容姿がワンランクもツーランクも上に見えた。
メイクや髪型は、マリーやタウンハウスの侍女たちが、メリルリアに似合うものをと気合を入れてくれた。
何より、ルディオールと一緒に選んだもので着飾るのは、素直に嬉しいと思えた。
国王夫妻や王太子殿下への挨拶が無事終わった後、メリルリアは、ルディオールとダンスを踊った。
ルディオールは高位貴族なので、メリルリアとて、まさかダンスができないとは思っていなかった。
しかし、ルディオールは想像以上にとてもダンスが上手く、リードも完璧で、メリルリアは純粋に驚いた。
「旦那様はダンスがお上手なのですね」
「若い頃、剣術より遥かに苦労したがな」
「まあ」
「何事も、鍛錬あるのみだ」
苦労した過去を思い出したのか、ルディオールは渋い顔になった。
軽やかかつ優雅なステップとのギャップに、メリルリアは思わずクスクスと笑みを零した。
その後ルディオールは、王宮勤めだった頃の知り合いに声を掛けられる。
ルディオールは、メリルリアを一人残していくことを心配し、躊躇していた。
しかし、メリルリアが行ってよい、一人で大丈夫だと伝えたことで、「他の男に言い寄られないか心配だ。なるべく早く戻る」と言い残し、ルディオールはメリルリアの元を離れたのだが、これが悪夢の始まりだった。
一人ぼっちになったメリルリアは、少し外の空気を吸おうと思い、バルコニーに一人でやってきた。
メリルリアが涼んでいると、後ろから声をかけられた。
「久しぶりだね、メリルリア」
振り返ったメリルリアは、顔を強張らせる。
そして、視線を逸らすことなくその相手――ジョアンを見据えた。
ジョアンは親しげに、そして、人好きのする笑顔で、メリルリアに近寄ってきた。
「そんな怖い顔しないでよ、元婚約者殿」
「何か御用でしょうか?」
「御用、ね」
ニヤニヤと笑みを浮かべ、ジョアンはメリルリアに歩み寄る。
メリルリアはじりじりと後退する。
城の大広間のバルコニーの柵に背中が当たった。
もうこれ以上、距離を保ち続けられない。
そう思った次の瞬間、メリルリアはジョアンに強い力で腰を抱き寄せられた。
そして、もう片方の手で、ドレスの上から胸の膨らみを掴まれる。
「ヒッ」
「折角だから再会の記念に。ね?」
下心しかないような笑顔で誘われ、メリルリアは思わず小さく悲鳴を上げた。
ジョアンの手が、メリルリアの標準より少し豊かな胸を大胆に揉み、快楽を引き出すかのようにその先端を引っ掻いた。
コルセットの上からとはいえ、未知の刺激にメリルリアはビクリと身を震わせた。
「へぇ、敏感だね。旦那様に開発でもされた?」
ジョアンは、からかうような言葉と共に、胸への刺激を続けた。
メリルリアは一気に鳥肌が立った。
恐怖と嫌悪感に負けそうになりつつも、メリルリアは力一杯ジョアンの胸を押し、身体を捩り、逃げ出そうとする。
しかし、成人男性の力にかなうはずもなかった。
「やめてください。離して」
「いいのかな?誰かに見られたら、またふしだらな女だと噂になるよ?」
息がかかるほどの至近距離で、ジョアンはクスクスと可笑しそうに忠告する。
その瞬間、メリルリアの脳裏に3年前の苦い思い出がフラッシュバックした。
思わず大声を出すのを躊躇った隙をついて、ジョアンが強引にメリルリアの唇を奪う。
「!?……んんっ」
ジョアンの舌が、メリルリアの唇をこじ開けようとしてくる。
メリルリアは、口元を舐めるジョアンの舌の侵入を許すまいと、必死に唇を引き結んだ。
(怖い。気持ち悪い。誰か助けて……!)
心のなかで絶叫しつつ、メリルリアは何度も腕でジョアンの胸元を押して、突っぱねようとする。
しかし、振り解けない。
メリルリアは、ねっとりとした舌の侵入を防ぐため、軋むほどに強く、歯を食いしばった。
その結果、余計に声を上げることができなくなり、泣きそうになりながらぎゅっと目を瞑った。
「そこで何をしている!!」
少し離れた場所から、慌てたようなルディオールの声がした。
鋭いその声色にジョアンがビクリと身を震わせ、一瞬、力が緩む。
メリルリアはその一瞬を見逃さず、力一杯ジョアンを突き飛ばした。
不意を疲れたジョアンはたたらを踏み、尻餅をついた。
ジョアンの口付けから開放されたメリルリアは歯の食いしばりを解き、ハァハァと肩で息をしていた。
そして、濡れた感触のある唇をゴシゴシと手で拭った。
(気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い……っ)
涙が溢れて、視界が滲む。
寒くない筈なのに、体の芯から冷え切ったような震えがくる。
カツカツと、ルディオールが足早に近づいてくる音がした。
「何って、見て分からないのか?久々の逢瀬を楽しんでいただけだ」
「……?」
ジョアンは若干上ずった声で、しかし、さも余裕があるように答えた。
怪訝そうな顔をするルディオールにむかって、ジョアンはフンと鼻で笑い、得意気に続けた。
「彼女と私は旧知の仲。婚約までしていた間柄なんだ」
「!?」
「そもそも、私は彼女に誘われただけ。
彼女は結婚生活に飽きたそうだ。全く、相変わらずだなと思っていたところだよ」
ははっと笑いながらジョアンは立ち上がり、パンパンとズボンをはたいた。
ルディオールは、驚きに目を見開いた。
そして、ギギギと音がしそうなぎこちなさで、メリルリアを見る。
ルディオールと目があったメリルリアの唇は、ルディオールに何かを言おうとして少し開く。
しかし、何かを懸命に訴えかけるような表情とは裏腹に、何も言わずに力なく閉じられた。
「メリルリア」
ルディオールに名を呼ばれ、メリルリアは泣き出しそうに眉根を寄せた。
ルディオールがこの状況をどう受け止めたのか分からなくて、メリルリアは今にも倒れてしまいそうなほど青くなる。
そして、自身を抱きしめ、全力で否定をするかのように、懸命に違うのだと首を横に振った。