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6話:告白〜離縁か養子か〜

このお話で一章は完結です。

クリスマスシーズンの街を堪能した翌日、ルディオールとメリルリアは、アーノルドとその息子達、合計三人を乗せた馬車を見送った。

冬の曇った空からは、ひらり、ひらりと雪が落ちてくる。


「メリルリア、大丈夫か?」

「?」

「アーノルドと、何かあったのか?」

「いいえ、何も」


メリルリアは、誤魔化すような微笑みを貼り付けている。

これが答えたくないという意思表示であると理解しつつも、ルディオールは、それを許容できそうになかった。

特に昨夜、アーノルドと二人でいたメリルリアを見てから、ずっとモヤモヤした気持ちが消えない。


「ここは冷える。少し部屋で話がしたい」

「……はい」


メリルリアの返事は、嫌そうではないが躊躇いを感じさせる色をしていた。

その様子に、ルディオールは焦燥感を募らせる。

今すぐメリルリアを問いただしたくなる衝動が湧き上がってきたが、歯を食いしばって耐えた。


ルディオールは、昨日の日中からメリルリアが少し変なことに気づいていた。

ルディオールが王都から戻ってきてから今日までの約半年、ルディオールは毎日、メリルリアを見てきた。

だから、微笑んではいるがどこか物憂げに見えるのは、ルディオールの気のせいではないと確信していた。


昨日、街へ五人――ルディオール、メリルリア、アーノルドとその息子二人――で出かけた時、既にメリルリアはどこか上の空で、いつもより覇気がなかった。

そして夕方、点灯されたクリスマスツリーやイルミネーションを見てはしゃぐ子供達とアーノルドを見つめては、一人で切なそうに瞳を潤ませていた。


ルディオールは、そんなメリルリアの横顔をただ静かに見ていた。

声は、かけられなかった。

メリルリアのそんな表情を、これまで見たことがなかったから。


あの瞬間から、ルディオールはクリスマスやアーノルドなどどうでもよくなった。

メリルリアのおかしな様子が気になって仕方なくて、アーノルドに興味を持ったのか、何かあったのかと想像してはイライラして、叫びだしたいような気持ちになっては己を戒めた。


そして夜、無防備にも寝間着姿のメリルリアと、同じく寝間着姿のアーノルドを見た時、足元が抜け落ちるような喪失感を覚えた。

同時に、心臓を貫かれたかのような苦しさも覚え、アーノルドを殴ってしまいそうになっている自分に気づいて愕然とした。


ルディオールは、メリルリアに対する思慕と独占欲が抑えきれなくなりつつあることを自覚していた。



*****



室内へ戻り、リビングの暖炉の前のソファにメリルリアを座らせたルディオールは、自身もメリルリアの隣に座り、メリルリアの横顔に問いかけた。


「繰り返して申し訳ないが、昨日何かあったのか?」

「いいえ、特には」

「では、どうすれば君は笑顔でいられる?」


メリルリアは、ルディオールの望み通り笑顔になろうとして、失敗する。

くしゃりと顔を歪めたメリルリアに、ルディオールは困ったように微笑んだ。


「すまない。無理をして笑う必要はない。ただ、君の様子がいつもと違うから心配なんだ」


静かな、しかし、強い意志を湛えたルディオールの青い瞳にじっと見つめられ、優しい言葉をかけられてしまったら、もうダメだった。

張り詰めていた糸がぷつりと切れたように、メリルリアの若草色の瞳からぽろりと涙が滑り落ちた。

きっと、もう、誤魔化しきれない。


「メリルリア。ゆっくりでいいから、どうか理由を教えてくれないか」


涙は、俯いたメリルリアの頬を次々と滑り、ぱたぱたと落ちて、スカートに小さなシミを作る。

ルディオールは、初めてメリルリアが泣くところを目にして、どうしようもない庇護欲が湧き上がるのを感じた。

同時に、喉をかきむしりたくなるような焦燥感を抱く。メリルリアは一体、何にこんなに心を割いているのか。


ルディオールは、ただじっとメリルリアを待った。

メリルリアは、燃える暖炉の炎に視線を向け、暖かな色を放つのをぼんやりと見つめながら答えた。


「私は、想い合う夫婦になり、温かな家庭を築くことが夢でした」

「そうか」


「私がここに来てから、もうすぐ一年です。

二年経っても子ができない夫婦は離縁できます。旦那様、私は……」


「待ってくれ。離縁はしない」

「では養子ですか?アーノルド様には既にご子息が二人いて、もうすぐ三人目もお生まれになります」

「待てメリルリア。どうしてそうなる?」


被せ気味に否定し、メリルリアを問いただすルディオールは、いつになく取り乱していた。

二人の間に数秒の沈黙が訪れ、パチパチと燃える暖炉の音が妙に大きく聞こえた。


「私は、旦那様に愛されることはありません。

跡継ぎを生むことも求められていません。

でも、そういう形もあるのだろうと思って、辺境伯夫人としての務めに励んで参りました。

ですが、アーノルド様やご子息様を見て、これから先、もし旦那様に愛する人ができたり養子をとったりするのかと思うと、私には無理だと思いました。耐えられない」


「メリルリア……」


初めて知ったメリルリアの心の内に、ルディオールは愕然とする。

メリルリアを傷付け、つらい思いをさせていたのが、まさか自分の不用意な発言のせいだったとは思わなかった。


「そういうわけなので、笑顔は諦めてください」


力なく笑うメリルリアの頬は、涙に濡れていた。その薄い肩はとても小さい。

しかし、背筋を伸ばしてまっすぐにルディオールを見据える姿は、痛々しいくらいに凛々しく見えた。

ルディオールはたまらなくなって、メリルリアを包み込むように抱きしめた。


「好きだ」


するりとルディオールの口から出た言葉は、ずっとメリルリアに言えずにいた言葉だった。

覆い被さるように抱きしめたメリルリアは、すっぽりとルディオールの腕の中に収まっている。


「君が好きだ、メリルリア」


一度口にしてしまえば、後から後から想いが溢れてくる。

だから二度目は、一度目よりもずっと低い声で、噛み締めるような響きになった。

腕の中のメリルリアは、想像していたよりもずっと柔らかくて小さかった。同じ人間とは思えないほどに華奢で、甘い香りがする。


数秒の後、落ち着いたメリルリアは、そっとルディオールの胸元を押した。

もう、メリルリアの肩は震えていない。

ルディオールが腕を緩めるとメリルリアは身を離し、酷く傷付いた顔で言った。


「嘘ですね」

「嘘ではない」

「では、私が便利な女だからですか?私の代わりなどいくらでもおりましょう」

「違う、そんなことは思っていない」


ルディオールは、抱きしめる腕を緩めはしたが、完全に解くことはしなかった。

今もし手を離し、メリルリアがこの場を去ってしまったら、きっともう二度と取り返しがつかない。

そんな気がして、ルディオールは、危機感と焦りで冷や汗が出そうになった。


「旦那様は初夜に私を拒み、私を愛することはないと仰いました。子も、養子を取ればいいと」

「その点については申し訳なかった。あのように言えば、少しは君の気が楽になるかもしれないと思ったんだ」

「そんなの今更です」


「そうだな、今更だ。だが言い訳をさせてくれ。

あの時は、家を明けがちな好きでもない年上の男に嫁がされ、初めてを散らされ、ましてや孕まされるなど、嫌だろうと思ったんだ。

だから君に、自分を大事にしてほしいと言った。


しかし、逆にそれが君を傷付けていたとは思わなかった。すまない、私の言葉が足りなかった。

君をひと目見たときから、惹かれていた。好きだと気付いたのは、王都から戻ってきて暫く経ってからだが……」


「信じられません」


「今はそれで構わない。信じてもらえるまで何度でも言う。なんだってする。

私が臆病だったんだ。結果的に、そのせいで君を追い詰めてしまった。本当に申し訳ない」


ルディオールの詫びる声は真剣だ。

しかし、薄っすらとではあるが歓びが滲んでいる気がして、メリルリアは何だかとても腹が立った。


「私は怒っています。それに、悲しんでいます」

「すまない、理解している。でも嬉しい」

「意味が分かりません。駄々をこねて泣くような女ですよ?」


先程の自分の振る舞いを振り返り、自虐的に言うメリルリアは、精一杯虚勢をはっている。

それは間違いなく、傷付き思いつめ涙に濡れた若草色の瞳も、先程吐露された苦悩も、何もかも全部本当だからだろう。

ルディオールは申し訳なく思いつつも、メリルリアが愛しくて堪らないと思った。


「君はつまり、私に愛され、私の子を産みたいということだろう?私が他の女に惚れてしまう前提で、嫉妬までして」

「!?」


敢えて露骨な表現で言い放たれた言葉に、メリルリアはぎょっとした後、一気に真っ赤な顔になった。


「ありがとう。すごく嬉しい」

「ちっ、違います!離してください」

「嫌だ」

「旦那様!」


羞恥のあまり離れようと、メリルリアはルディオールの腕の中でもがく。

しかし、体格差と鍛え方が違いすぎて無駄に終わった。


「では、どう受け止めればいいのだ?」


メリルリアは、反論できなかった。

その代わりに、悔しそうに唇を噛み、キッとルディオールを睨んだ。

ルディオールは、努力してはいるのだろうけれど、緩む口元を隠しきれていない。とても嬉しそうに眦を下げたルディオールのその頬や耳はほんのり赤い。


「私は君が好きだ。離縁はしない。養子も取らない。それは、分かったのか?」

「……っ!」

「いちいち照れるのか。初々しいな」


泣いた後の潤んだ目と、首筋まで赤く染まったメリルリアは、酷く扇情的に見えた。

ルディオールは喜びを噛みしめるように、メリルリアの頬を撫でた。


「可愛い。これまで悲しい思いをさせてすまなかった」


メリルリアは、青い瞳に溶けそうなほど甘い色を滲ませたルディオールの言葉に目を見開く。

動揺を隠せず、ますます赤くなって顔から湯気が出そうな勢いだ。


ルディオールは真摯に詫びつつ、結婚式の日の夜のことを思い出していた。

あの日、大胆に、しかし機械的に誘ってきた女性と、目の前で羞恥をあらわにしている女性が同一人物とは、とても思えない。


ルディオールは、メリルリアの笑顔が好きだ。

けれど、笑顔だけじゃなくて、泣いた顔も、怒った顔も、照れた顔も、どれもとても好きだと思った。


「もう一度言うが、君が好きだ。好きだ、メリルリア」

「――もう!分かりましたから。どうしてそんな、急に言葉が多くなるのですか……」


メリルリアが思わず両手で頬を覆うと、ものすごく熱かった。

躊躇も照れも全て捨て去ったのか、素直な気持ちを何度も口にし始めたルディオールは、まるで別人のようだ。

新生ルディオールに耐性がないメリルリアの心臓は、痛いくらいにドキドキしており、今にも酸欠になりそうだ。


「すまない。だけど全て本心だ。これからはもっと、君への好意を言葉にしようと思う」

「!?」

「ヴィンスやマリーからも注意されていたんだ。はっきり言わないと伝わらないと」

「そんな……」


頬を赤く染め、怒りつつも戸惑った様子のメリルリアは新鮮で、いつもより幼く見えた。

嬉しいような、腹が立つような、しかし泣きたくなるような気持ち。これを何と表現すべきか、メリルリアは分からずにいた。


ルディオールは、ますます愛しさを募らせつつ、メリルリアの満更でもない様子に胸を撫で下ろした。

そして、今後は信用を勝ち取るべく、ちゃんと分かりやすい言動で想いを伝えることを決意した。



最後まで読んでくださってありがとうございました。

もう少し書きたいシーンがあるので、今まさに書いています。

書き終えたらテンポよく更新したいので、もしお好みに合うようでしたらまたご覧いただけると嬉しいです。


なお、最後はハッピーエンドの予定ですが、この先は無理矢理なシーンとその後遺症シーンがあります。

苦手な方はご注意ください。


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