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5話:嫉妬〜試される妻と葛藤する夫〜

密かにショックを受けているメリルリア。

その隣でルディオールは、木にくっついている幼虫を見て騒いでいる男児二人を見守っていた。

その横顔は穏やかで、まるで愛しい息子でも見るような眼差しだった。


「メリルリアさん、どうかしましたか?」


急に動きを止め、泣きそうな顔になったメリルリアに、アーノルドは聡く気付いて声を掛ける。

その台詞に、ルディオールも思わずメリルリアを気にする。


「いいえ、何でもありません。私も初めてのクリスマスですから、楽しみです」

「息子達が騒がしくて、申し訳ありません」

「気になりませんよ?子供は元気が一番ですし、賑やかな方が楽しいですから」


メリルリアははっとして、慌てて作り笑いを浮かべる。

アーノルドは、子供達の騒がしさでメリルリアが気分を害したと思ったようで、メリルリアは胸を撫で下ろした。


アーノルドの息子二人はどちらも健康そうで、ルディオールと同じ金髪碧眼だった。



*****



時刻は深夜過ぎ。

メリルリアは一人、二階の廊下から窓の外を見ていた。

そこからは昼間、アーノルドの息子二人が虫を見つけて喜んでいた木が見えた。


「眠れないのですか?」


不意にかけられた声に、メリルリアはビクリと身を竦ませた。

振り返ると、寝間着の上にガウンを羽織ったアーノルドがいた。


「アーノルド様」

「昼間から思っていたのですが、そのアーノルド様っていうの、やめてもらえませんか?」

「では何とお呼びすれば?」

「アーノルドで。敬語もやめていただければ。私もやめますので」

「申し訳ございませんができません。私のほうが年下ですし」

「じゃあルド様とか」

「……」


そう言って、アーノルドはニッコリと微笑んだ。

しかしメリルリアは引く。そして、何だこいつ、急に馴れ馴れしいな、と顔面に書いたような顔になった。

因みに、メリルリアは20歳、ルディオールは34歳なので、アーノルドは31歳である。

メリルリアの反応を見て、アーノルドは堪らず、ぶはっと吹き出した。


「ごめん、ごめん。そんな顔しないでよ」


金髪碧眼のアーノルドは、その程よく引き締まった細身の身体と、高い顔面偏差値が相まって、なかなかの美丈夫だ。

メリルリアは、これで独身だったら女性たちにさぞモテるだろうと思い、いやいや甲斐性と見た目を踏まえれば、既婚者でも愛人の一人や二人や五人くらいは、と思い、その後少し萎えた。


「酔っていらっしゃいますか?」

「酔っていませんよ。メリルリアさんは固いですね」

「いけませんか?」


「いいえ、いいと思います。

それでこそ硬派なルディニィに相応しい。

ところで、リアちゃんって呼んでもいいかな?」


甘いマスクに爽やかな笑顔を浮かべ、まるで息をするかのように女性を口説くアーノルドに、メリルリアは再度、顔を引き攣らせた。

この人は手練で、もしかしなくても自分が苦手とするタイプかもしれない。

メリルリアは再び、嫌そうな顔をした。


「だから、顔!ちょっと待って、目茶苦茶嫌そう……」


くっくっく、と、可笑しそうにアーノルドは腹を抱えて笑った。

どうやらツボに入ったらしく、アーノルドは笑いが止まらない。


「そんなに可笑しいですか?」

「いや、失礼。ヴィンスから聞いていた通りだ。どうやら私の目に狂いはなかった」

「……?」


アーノルドは笑いながら、どこか満足そうな顔をしていた。

一方のメリルリアは、怪訝そうな顔をしていた。

どんなにイケメンでも、妻子持ちでも、ルディオールの従兄弟でも、メリルリアにとっては初対面の貴族男性でしかない。普通に警戒はすると思うのだが。


「君を見つけたのは私なんだ。

昔の知り合いから、君の婚約破棄の噂を聞いてね。

少々身辺調査をさせてもらったら、君は単なる被害者みたいだったから」


「……!」

「なかなかルディ兄の婚約が決まらなかったことは知ってる?」

「はい」


「慣れない経営に奔走していたルディ兄の代わりに、ヴィンスや私が伝手を使って花嫁候補を探したんだけどね。

私が従兄弟だと知っている貴族女子とは、軒並み上手く纏まらなかった」


「何となく、分かるかもしれません」

「うん。ルディ兄と私は、ちょっとタイプが違うからね。少し、昔話をしても構わないかな?」

「はい、どうぞ」


「昔、私は王宮に勤めていたことがあるんだ。当時、ルディ兄は武官で私は文官だった。

私はこう見えて、女性に好かれるタイプでね。

そのせいもあって、私が初めて好きになって付き合った彼女は、他の女性から激しい嫌がらせを受けた。


見かねた私は、随分悩んだ結果、王宮での仕事を辞めることにした。

次の仕事にあてはなかったが、選ばなければ何かはあるだろうと思うことにしてね。


辞める前に一応伝えておこうと思って、その事をルディ兄に話したんだ。

そしたら、当時の辺境伯――つまり、ルディ兄の父親が、領地の一部を経営してくれる人を探しているから、もしよければ辺境伯領で働いてみないかと言い出したんだ。


当時は経営なんてしたことがなかったが、私はその提案を受け、彼女と共に辺境伯領へ移り住んだ。その時の彼女が、今の私の妻だ。

ルディ兄の両親には、本当にお世話になった。

私は領地経営を、妻は辺境伯領の分家の妻としての色々を、確りと叩き込んでもらったからね」


「いいお話ですね」

「だろう?そういうわけで、ルディ兄には心から感謝しているんだ。必ず、幸せになってほしい」


アーノルドの話を、メリルリアは純粋に、良い昔話だと思った。

そして、タイミングやアーノルドの能力も勿論あっただろうとは思うものの、ルディオールとその両親の優しさや懐の広さも好ましく思った。


「君は、与えられた地位や経済力に目の色を変えることなく、堅実に生活しているそうだね。

そこら辺の貴族令嬢と違って、馴れ馴れしくする見目の良い男に見向きもしないし、安心したよ」


にこ、と穏やかに微笑むアーノルドは、少しだけルディオールに似ていた。

メリルリアは小さく苦笑した。


「見目の良い男……自分で仰るんですね」

「まぁね。使えるものは使う主義なんだ。ルディ兄と辺境伯領を頼んだよ」

「アーノルド様は、実はまともでいい人なのですね」

「何か、褒められてるけど貶されてる?」

「一応褒めています。まぁ、頼まれたい気持ちはあるのですけれども、旦那様が幸せかどうかは、私には分かりません」

「……?」


メリルリアはどこか寂しそうに、困ったように薄く微笑んだ。

アーノルドは不思議そうな顔をした。そういえば昼間も、メリルリアのこの表情を何度か見た気がしたからだ。


息子達を穏やかに見守るルディオールと、そんな三人を切なげに見つめるメリルリア。

アーノルドはその光景を見て、メリルリアはもしかしてなかなか妊娠しないことを悩んでいるのかもしれないと、勝手に想像していた。

しかし、そうではない別の何かがあるのかもしれない。

アーノルドは、メリルリアに言った。


「外野がとやかく言うことじゃないけど、悩み事があるなら聞くよ?」

「……」

「またその顔。別に、取って食いやしないって」


「メリルリア?……と、アーノルド……」


本日三度目の嫌そうな顔をしたメリルリアと、苦笑するアーノルドの前に現れたのは、ルディオールだった。

ルディオールは、メリルリアのみならずアーノルドの姿を見つけた時、カッと頭に血が上った。

そして、何故か腸が煮えくり返るような、耐え難い衝動を覚えていた。


「旦那様」

「ルディ兄」


しかし二人は、全く慌てる様子がない。

メリルリアに至っては、ルディオールの姿を見てホッとしたような色まで浮かべた。

一つ深呼吸して、葛藤しつつも何とか苛立ちを収めたルディオールは、少しだけ肩の力を抜く。


憎からず思っている若くて美しい聡明な妻と、見目麗しく女性受け抜群な従兄弟が、二人きりで夜半に人目を忍んで会っていたが、そこに夫たる自分が登場して修羅場。


……というようなシチュエーションをうっかり想像し、ルディオールはゾッとした。

勿論そうではないと信じたい。しかし、物凄く胸がムカムカして、鉛を飲み込んだように腹の奥底が重い。

ルディオールは、その不愉快さに険しい顔をした。


アーノルドは、ルディオールの不機嫌な表情を見て少し驚き、ニヤリと笑う。

メリルリアは、視界に入ったアーノルドの悪い笑みに嫌な予感がした。


「じゃあまたね、リアちゃん」


嫌な予感は的中する。

アーノルドは、メリルリアに向かって、貴族女子が黄色い悲鳴を上げそうな色気をその美貌に滲ませて、ニッコリと思わせぶりに微笑んだ。

メリルリアは、勝手につけられた愛称に若干顔を顔を引きつらせつつも、アルカイックスマイルを浮かべて応じた。


「はい。おやすみなさいませ」


本日初対面のはずの二人から妙な親密さを嗅ぎ取り、ルディオールはますます不愉快さをあらわにした。

メリルリアとアーノルドの会話は、甘いというには少々微妙ではある。しかし。


(リアちゃん、だと!?)


ルディオールは苛立ちを隠しきれず、眼光鋭くアーノルドを睨む。

そして、メリルリアの腰をぐいっと抱き寄せ、眉間にしわを寄せたまま、メリルリアごと踵を返した。


「メリルリア。部屋まで送ろう」


ルディオールの声は、いつもより低かった。

氷のような冷たさで響いたそれに、メリルリアはビクリと身を竦ませた。


アーノルドは、ニマニマしながら二人を見ていた。

しかし、ルディオールの台詞から察するに、夫婦なのに同じ部屋で寝ていないようで些か心配になる。

アーノルドは、初めて目にした嫉妬する従兄弟に、心の中だけでエールを送った。


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