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4話:二人の関係〜初夜の思い出〜

翌朝から、二人分の食事が食卓に並んだ。

長方形のテーブルの端と端、つまり短辺と短辺に座るとそれなりに遠い。

これでは会話がしづらいのではないかとメリルリアは思った。


「遠いな」


ポツリと聞こえたルディオールの声を、メリルリアは聞き逃さなかった。

まるでメリルリアの心を読んだかのようなルディオールの台詞に小さく笑って、メリルリアは、コンソメスープを掬っていたスプーンを置く。


「旦那様。お食事の途中ですが、近くに座り直してもよろしいでしょうか」

「!ああ、構わない」


ルディオールは一瞬だけ驚いた顔をしたものの、はにかんだような表情を浮かべて快諾した。

メリルリアは立ち上がり、いそいそとルディオールの近くに移動して座る。

テーブルの角を挟んだ長辺の、かなりルディオール寄りの席だ。


嫁いできてから3ヶ月と少し、ずっと一人で食事をしてきたメリルリアは、気持ちが高揚するのを感じた。

メリルリアが目で合図すれば、マリーともう1名の侍女がニコニコと頷き、朝食が乗っている食器を手分けして運んでくれた。


量は違うものの、同じものが乗った食器達が近くに並べられる。

因みに、決してメリルリアが少食なわけではなく、ルディオールの身体が大きく、その分よく食べるだけである。


ヴィンスもウンウンと頷いて、感慨深げにルディオールとメリルリアを眺めていた。

メリルリアは、これまでも美味しいと思っていた食事が、より美味しいと感じた。




それからは毎日、なるべく二人で食事をした。

時々、食事の後に、エスコートという名目で腕を組んで散歩へ行ったり、リビングで他愛の無い話ついでに領地経営や屋敷の運営について意見をかわすこともあった。


徐々に夫婦らしくなり、笑顔が増えた二人を、使用人たちは温かく見守った。

時々二人がいい雰囲気になることはあっても、寝室は当然別々だし、口付けることも、手を繋ぐこともない。

ルディオールとメリルリアは、家族や友人のような、穏やかで心地よい関係だった。


なお、屋敷にはルディオールの私室とメリルリアの私室があり、その間に夫婦の寝室が位置している。

しかし、結婚式の夜以降、その部屋は全く使われていない。



*****



ルディオールが王宮から戻ってきてから5ヶ月目のある日、ルディオールはメリルリアを視察に誘った。

秋になったため、穀物や野菜の出来栄えや収穫量を確認するための視察だ。


金髪碧眼で背が高く、筋肉がガッツリついた肉体と整った顔立ちをした領主ルディオールは、威圧感と貫禄がある。

一方、亜麻色の髪と若草色の目をしたメリルリアは標準的な体型であり、女性らしく清楚で、凛としてはいるがとっつきにくさはない。


領民達は、メリルリアの方が珍しいのか、それとも親しみやすいのか、メリルリアをじっと見たり話しかけたりする人の方が圧倒的に多かった。

無表情で厳つい新領主の花嫁ということで、領民たちは興味津々だ。

幾つかの農園を回ったが、領民たちは皆、一旦収穫作業の手を止め、ニコニコと話しかけてくる。


「あんたが奥様かい!ほー、領主様にもやっと春がきたか」

「可愛い子だねぇ。頑張ってくれてありがとうねぇ」


メリルリアは、にこやかにそつなく応対する。

ルディオールが気軽に領民と会話しているところを見ると、此処へは何度か来ているのだろう。

前領主が亡くなってから王都へ行くまでの間、屋敷のことは多少疎かになってはいたが、その分領地に尽くしてきた結果なのか、ルディオールは領民達に慕われているようだった。


「メリルリア、果物は好きか?最近、新しい葡萄の栽培を始めたんだ」

「好きです。以前から葡萄の栽培は盛んですよね?」

「ああ、そうだな。しかしそれはワイン用だ。新しい葡萄は生食用で、甘くて美味しい」

「そんな物があるのですか?」

「隣国ではメジャーらしいから、この国でも作れないかと思ってな。私が支援して、葡萄農家に試験的に栽培してもらっている」

「そうなんですね。もし上手くいって新たな特産品にでもなれば、すごいことですね」


メリルリアは最近、すごく表情が豊かになった。

ルディオールは、笑顔を見せるメリルリアを眩しそうに見つめ、微笑んだ。


「ああ、その通りだ。向こうで栽培しているのだが、一緒に行ってみるか?少し歩くことになるが、いいだろうか」

「ええ、構いません。ちゃんと動きやすい服とブーツできましたから、たくさん歩けます」

「君は、活動的な外出も平気なんだな」

「……?」


ホッとしたようなルディオールに、メリルリアは少し引っかかりを覚えた。

私を誰と比較しているのですか、などと聞けるはずもないが、メリルリアは、何となく傷付いたような気持ちになる自分に驚いた。


「では行こうか」

「……はい」

「どうかしたのか?」

「いいえ、なんでもありません」


すっかりエスコートが板についたルディオールの腕が差し出され、メリルリアも躊躇いなく手を添える。

晴れ渡る秋の空の下、二人は農道を歩き出した。


辺境伯領は、豊かだ。

街の中央は市場、食事処、服飾品等のお店がたくさんあり、とても栄えているが、少し離れると広大な農地が広がっている。

農園では穀物や野菜が豊富に取れ、酪農も盛んだ。

鉱山もあり、あらゆるものの燃料となる石炭が豊富に採れる。


為政者として、これまで歴代領主たちが努力した証が今ここにある。

彼らが領民達を思いやり、様々な産業を育てることで領民達を富ませ、健全に税収を増やしてきたのだろう。

メリルリアは、書面上でのみ向き合ってきた収穫量や領民達の暮らし向きと直に接し、背筋が伸びる思いがした。


葡萄畑を見学し、栽培状況を聞く。

立派な大粒の葡萄は見栄えもよく、味見をさせてもらったところ、非常に甘くて瑞々しかった。

メリルリアは驚き、そしてすごいと思った。

胸を張る農場主とルディオールに、素直にその感動を伝えた。


その後、二人はまた、馬車のある場所へと歩いて戻っていた。

行きと違って、今度は少し言葉少なに。


「疲れたか?」

「いいえ、大丈夫です」

「そうか。……もし何が気になることがあったのであれば、遠慮なく言ってほしい」


思ったよりルディオールは察しが良いらしい。

メリルリアは、隠し切ることをあきらめて口を開いた。

どうせ失うものなど何も無い。そもそも、何も始まっていないのだから。


「どうして私が、活動的な外出は苦手だと思ったのですか?」

「若い貴族のご令嬢というのは、皆そうだと思っていた。君は違うのか?」

「?」


「君は、王都に近い場所の貴族令嬢だった。

緑豊かな田舎をブーツで歩くよりも、美しく着飾ってお茶や観劇などをする方が好きなのではないかと思っていたのだが……?」


さも不思議そうに言うルディオールに、メリルリアは毒気を抜かれた。

そして、クスッと笑みを零した。


「違いますよ。少なくとも私は」



*****



12月、クリスマス。

辺境伯領の中心で開催される大きなクリスマスパーティーを回るために、ルディオールより3歳年下の従兄弟がルディオールの屋敷にやってきた。


男の子二人を連れてきた従兄弟アーノルドは、広大な辺境伯配下にある一部領地の経営を担っており、結婚式の出席者にも名前のあった人物だ。

アーノルドはルディオールと同じ金髪碧眼をしており、線が細く、優しそうな雰囲気をしていた。


「夫人はどうしたのだ?」


ルディオールが問えば、アーノルドは照れくさそうにはにかんだ。


「実は、妻のお腹の中に三人目の子供がいるんだ」

「そうか!よかったな。おめでとう」


ルディオールはぱっと笑顔になり、お祝いを述べた。

王宮で騎士をしていたルディオールは、筋肉でゴツゴツした身体つきをしており、顔は強面と言える。

しかし、笑顔で言葉をかわす二人は、よく見ると目鼻立ちがよく似ていた。


「大事を取って妻は屋敷に残してきたのだが、メリルリアさんに会いたがっていたよ。

今日は使用人に留守を頼んで、息子達を連れてきたんだけど、二人共、毎日元気が余っていてね……」


馬車を降りた瞬間から、キラキラした目で屋敷の広い庭園を見ていた男児二人は、次の瞬間にはアーノルドの側から駆け出していた。

そして近くにあった木を観察し、珍しい虫を見つけて喜んでいる。


「うむ。確かに元気そうだ」


「はは。本当にそうなんだよ。

それで、そろそろ息子達もある程度分別がつくようになったし、クリスマスで賑わう街や、中央広場の大きなクリスマスツリーを見せてやりたいと思ってね」


「なるほどな」


アーノルドに相槌を打つルディオールの隣で、メリルリアも微笑ましく男児二人を見つめ、目を細めた。

そして、いつかは私も、と不意に思った。

しかし次の瞬間、愕然とする。


結婚式の夜、君を愛することはないと、子など養子を貰えば良いと、ルディオールから言われていたことを思い出したからだ。

毎日穏やかに、そしてそれなりに忙しく辺境伯夫人として過ごし、ルディオールにも程よい距離感で優しくしてもらって、メリルリアはすっかり絆され、忘れかけてしまっていた。


あの時は、そういうものかと思った。

しかし実際は、既に養子のあてがあったということかもしれない。

メリルリアは急に、鉛を飲み込んだような気持ちになった。


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