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3話:歩み寄り〜政略結婚への思い〜

辺境伯に嫁いでから4ヶ月目のある日。

帰宅したルディオールを出迎えるために、メリルリアは整列した使用人たちと共に屋敷の前にいた。


「お帰りなさいませ、旦那様」


ルディオールが、乗ってきた馬の手綱を使用人に預け終わったタイミングで、執事のヴィンスが声をかけた。

すると、それに合わせて、ザッ、と使用人たちが一礼したため、メリルリアもそれに倣った。

長身かつ大柄で、厳めしい顔のルディオールは、使用人たちを視界に収め、ふっとその表情を緩めた。


「今戻った。出迎えに感謝する。

長らく屋敷を明けていたが、無事、私は王宮での任を解かれた。

これからはこの屋敷で過ごし、辺境伯領主として精一杯務めるつもりだ。よろしく頼む」


傾きかけた太陽に照らされるルディオールの髪は見事な黄金色で、キラキラと輝いて見えた。

ルディオールは見た目こそ怖いが、堂々とした立ち居振る舞いも、誠意ある言葉も、メリルリアには好ましく思えた。

メリルリアは思わずじっとルディオールを見つめてしまいそうになり、慌てて視線を下に向けた。


「長きにわたるお務め、お疲れ様でございました。

食事と湯殿を用意しておりますのでどうぞ中へ」


ヴィンスの言葉に頷いて、ルディオールは屋敷の中へ入っていった。

メリルリアは、ただその後ろ姿を静かに見つめていた。




数時間後の夕食は、やはり昨日と同じで一人ぼっちだった。

メリルリアが、ルディオールは夕食を食べないのかと使用人に聞いたところ、今日はダイニングには来ないとのことだった。

礼を述べたメリルリアに、使用人たちは皆、顔を見合わせ、憐れみと心配が混じったような目を向けた。


「ヴィンス様から、不在の間の報告を聞くためらしいですよ」


気遣って、侍女マリーがやんわりと教えてくれた。

理由を知り、メリルリアは初めて、ルディオールが食事よりも仕事を優先するタイプだと知った。


夫の予定を知らされない妻というのは、虚しい。

勿論、メリルリアは書類上の妻というだけなので、本来の妻とは違うのかもしれないが。

しかし、数カ月ぶりに帰宅したルディオールとは目も合わなかったので、まぁこんなものなのかもしれない。


夕食を終えて入浴をした後、自室のベッドに腰掛けていたメリルリアは、深い溜め息をついて、ぽすんと上半身を横に倒す。

もやもやした気持ちと折り合いをつけるべく、今日はもう寝ようと思った。


しかし、目を閉じた瞬間、コンコン、と部屋のドアがノックされた。

きっとマリーだろうと思い、メリルリアは「どうぞ」と声を掛ける。

すると、ガチャリと扉が開き、パタンと閉じられる音がした。


「こんな時間に申し訳ないが、少し、いいだろうか」


鼓膜を震わせたのは、ルディオールの声だった。

ぎょっとしたメリルリアは、ベッドから弾かれたように起き上がる。


「旦那様!?」

「ああ、そのままで構わない。楽にしてほしい」

「いえ、ですが……あの、よろしければおかけください」

「ああ、すまない」

「お茶をお淹れします。ちょうど先程、侍女が温かいハーブティーを淹れておいてくれましたので」


慌ててベッドからおり、メリルリアは手ぐしで髪を撫でつける。

ソファセットに座るルディオールの横顔は、数ヶ月前に見たときよりも少し疲れているように見えた。

こぽぽ、と小さな音を立てて、メリルリアはティーセットにお茶を注いだ。

そして、ルディオールの向かいの席に腰を下ろした。


「先程、ヴィンスや侍女長から報告を受けた。

私が不在の間、君は随分と頑張ってくれたらしいな。礼を言う」


「恐れ入ります。私は、辺境伯夫人として当然のことをしたまでです。

それに、ヴィンスや侍女長を中心に、このお屋敷の皆さんが色々と教えてくださったおかげです」


柔らかく微笑むメリルリアは、初めて言葉をかわした時と同様に、穏やかな空気を纏っていた。

ルディオールは、数ヶ月前のことをまるで昨日のことのように思い出し、眩しげに目を細めた。

そして、どこか観念したように瞳を伏せた。


「そうか。分かった」

「旦那様、おかえりなさいませ」

「ああ、ただいま」


ルディオールは、乾いた口を潤すように、ゆっくりと一口だけ、お茶を飲んだ。

メリルリアも一口飲んだ。

二人がカップをソーサーに置いた後、ルディオールが、少し言いにくそうに口を開いた。


「メリルリア。初めて君と会った時から、聞きたいと思っていたことがある。

――君は、この政略結婚が嫌ではなかったのか?」


「はい。嫌ではありませんでした」

「何故。私は一度も君に会いに行かず、手紙を書くこともなかった」


「そうですね。ですが、名代の方――ヴィンスは、誠実かつ優秀で、良い方でした。

それに、愛人や後妻ではなく、正妻かつ1人目の妻になれると言われましたから」


「ちょっと待て。ヴィンスはともかく、愛人や後妻ははないだろう」

「ご存知だと思いますが、私は一度婚約破棄された女です。しかも、旦那様と婚約した時点で、既に二十歳でした」

「そうだな。しかし君は初婚で、私と比べれば十分に若い」


「それは、その通りです。

しかし、そのようなお考えの方は少なかったのです。

王都では、妙齢の男性貴族は既に妻帯しているか婚約者持ちでした。

それに、婚約破棄された私は、どうやらふしだらで愛人に適している女らしいので」


「そうか。つらい思いをしたのだな」

「そうかもしれません」

「私はずっと、私と結婚する君が不幸だと思っていた」

「何故でしょうか」


「ここは王都から遠い。

それに、私は14も年上で、女性に恐れられるような容姿をしているし、気の利かない男だ。

何度か組まれたお見合いも、上手く行った試しがない」


ふー、と深いため息をつき、苦く笑って肩を落とすルディオールの身体は大きいけれど、いつもより少し小さく見えた。


「お気遣いいただきありがとうございます。

旦那様のお見合い話はヴィンスから聞いておりましたが、特に気になりませんでしたよ?

年の差は政略結婚ではよくあることですし、旦那様の見た目を怖いと思ったこともありません。

それに、少なくとも私は、旦那様の妻になれて良かったと思っています」


「何故だ。新婚早々、夫に放置されたのにか?」

「そうでした。その点は残念で、不愉快でした」

「普通そうだろうな」

「ええ。お忙しいのは百も承知でしたが、私も人間ですから」

「申し訳なかった」


まっすぐに見つめられ、視線が絡み合う。

心の中まではわからないけれど、ルディオールは真摯に謝っているように思えた。

メリルリアは、ふぅと息をついた。


「謝罪は受け入れます」

「いいのか?」

「私はここに来て3ヶ月と少しですが、旦那様がロクデナシの酷い人ではないということは、使用人の皆さんを見ていれば分かります」

「そうか」


「それに、私はこのお屋敷がとても好きです。

皆さんとても良くしてくださいますし、居心地がよいのです。

領地も、まだ書面上でしか知らないのですが、行ってみたいと思える場所が幾つもありました」


「そうか。ありがとう。君は、若く美しいだけでなく、優秀だと聞いている」

「褒め過ぎだと思いますが、ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」


安心したように、ルディオールは表情を和らげた。

メリルリアは、少し照れたようにはにかんだ。



ルディオールが受けた報告によると、メリルリアは、嫁いできたその日の夜にルディオールに言われたことを、物凄くちゃんと守っているようだった。


ヴィンスや侍女長曰く、メリルリアは日々、女主人かつ領主代行としての色々を真面目に頑張っているとのことだった。

しかし、周囲のサポートがないと、何かにつけて一人ではこなせない状況だということもきちんと理解しており、己がまだ未熟である点も自覚していると。


だからますます頑張る。

勤勉で謙虚で思慮深く、そして、周囲に優しくなる。

その結果、屋敷に仕える者たちは皆、メリルリアの奮闘を認め、応援したい気持ちになっているわけだが、メリルリア本人にその認識はない。


「何か足りない物や、困っていることはないか?」

「ございません」


「そうか。聞きたいことは以上だ。

あとは……そうだな。明日から、食事はできるだけ一緒にとろう。勿論、君が嫌でなければだが」


伺いを立てるようなルディオールに、メリルリアは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。


「嫌ならいい。無理はしないでほしい」

「よろしいのですか?」

「私が誘っているのだから、いいに決まっている」

「では喜んで。嬉しいです」


ふふ、とくすぐったそうにメリルリアは笑みを零す。

その笑顔がとても可愛く見えて、ルディオールは少し目線を泳がせた。


ルディオールは結婚式の翌日から王都へ向かったため、メリルリアと顔を合わせるは、結婚式の日以来、二度目だった。

結婚後に王都へ行ったこは仕方のないこととはいえ、結婚前に接点を持たなかったのは、ルディオールが自分で決めたことだった。


ルディオールは初めて、自分は勿体無いことをしたかもしれないと思った。


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