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2話:新婚生活〜愛などなくても〜

それから1ヶ月。

メリルリアは、辺境伯領で平和に暮らしていた。

ルディオールはといえば、結婚式の翌日の午後には、片道で半月ほどかかる王都へと旅立っていった。

それ以来、屋敷には戻ってきていない。


屋敷の使用人たちは皆、優秀で優しかった。

まず執事のヴィンスと侍女長が、屋敷の女主人としての仕事をメリルリアに教えてくれた。


3ヶ月が経つ頃には、夏が来た。

王都に比べ、辺境伯領の夏は涼しい。

メリルリアは、領主代行をしているヴィンスから領地経営を学び、手伝うようになった。


メリルリアは、伯爵家で一通り必要な教育を受けていたし、元婚約者の意向で領地経営も学んでいた。

それが功を奏し、これまで勉強して来たことをベースに、辺境伯領に合わせた形で実践していく格好で辺境伯夫人として、また、領主代行として、手腕をふるった。

屋敷を回せば侍女長や使用人たちに喜ばれ、領地経営を手伝えばヴィンスに喜ばれた。




結婚してから今日までに分かったことは、色々あった。

まず、ルディオールやその両親、つまり前領主夫妻は、この屋敷の使用人たちに愛されているということ。

約1年半程前、前領主夫妻が急に馬車の事故で亡くなったため、急に爵位を継いだルディオールを皆心配している。


次に、ルディオールは王宮勤めの腕の立つ騎士、つまり、役人だったこと。

丁度婚約の話が出た頃から、王宮での業務の引き継ぎのために王都で過ごしていたが、結婚式の前日に辺境伯領に戻ってきたらしい。

爵位を継いでから1年と少し、慣れない領主の仕事に追われていて、王宮での引き継ぎがきちんと終わっていなかったようだ。


最後に、この屋敷は人手不足だということ。

正確には、使用人の数は足りているが、最終決定や判断をする人が不在であり、領主代行を担うヴィンスが何とか優先順位と重要度をつけて処理してはいたが、主に屋敷の仕事が滞り気味になっていた。


本来であればルディオールが、辺境伯領の経営と屋敷のあれこれに注力すべきだが、王宮での執務の引継ぎをしつつとなると至難の業だ。

領地と屋敷を天秤にかけたとき、屋敷のことが最後になるのは仕方が無いようだった。

因みに、急ぎかつ重要な案件は、ヴィンスからルディオールに書面を送付しているらしい。


メリルリアは、元々頭は悪くなかったし、座学も苦にならないタイプで、むしろ領地経営や屋敷の運営には興味があったため、特に違和感なく女主人としての役割をこなしていた。


反対に、煌びやかな社交とか、優雅に見えるが熾烈な舌戦というのが得意ではなく、その点については、嫁入り前に散々母親に扱き上げられたのだが、今のところまだそのスキルは求められていない。




「男性は、愛する人しか抱けないものなのでしょうか」


ある日の午後、庭のテーブルセットにて。

3ヶ月間、ずっと疑問に思っていたことをメリルリアは口にした。

ブハァと紅茶を吐き出したのはヴィンスである。


幸い、ティーカップに口をつけていたので、口に含んでいた紅茶は零れることなく、ティーカップとその下のソーサーにて受け止められた。

メリルリア付の侍女マリーはといえば、紅茶のポットを運んできたワゴンを握りしめたまま石化している。


「ヴィンス、大丈夫ですか?」

「ゴホ、ゴホッ……奥様、急にいかがなさいましたか」


咽せるヴィンスに、メリルリアは困ったように微笑んだ。

ヴィンスは、ルディオールの父親の親友であり、腹心の部下として執事をしていた男性で、今もこの屋敷で執事を務めている男性である。


今日はヴィンスに相談したいことがあるという理由で、メリルリアが午後のティータイムにヴィンスを誘ったのだ。

ヴィンスは、メリルリアが辺境伯夫人としてめきめきと力をつけた結果、ヴィンス一人で領地と屋敷を見ていた頃よりも随分楽になったらしい。

出会った頃よりも、幾分か元気そうになった。


「結婚式の後、旦那様は私に、『君を愛するつもりはない、辺境伯夫人としてこの家を回してもらえると助かる』と仰せでした。

『それ以外何も求めない、自分を大事にしろ、子供は養子を貰えば良い』と」


「なんということを!

奥様、大変申し訳ございません。

お屋敷や領地のために、こんなにも尽くしていただいているのに、そのお言葉はあまりにも酷いです」


衝撃のあまりヴィンスは一瞬息を呑み、即座に主の非礼を詫びた。

ルディオールより14歳も年下の、若く美しいメリルリア。聡明で心根も優しく、真面目かつにこやかで、使用人たちにとても好かれている。


こんなにできた妻に一体何の不満があるというのだろうと、全力で書いてあるような顔をヴィンスはしている。

表情に乏しく、どこか能面のようだったルディオールとは真逆だとメリルリアは思った。


「ヴィンスが謝ることではありません。

私は、辺境伯夫人です。この屋敷を守り、旦那様不在の際は領主代行を行うことに何の異論もありません。

ですが、このままでは、後継ぎを生み育てるという、妻として一番の役目を果たすことができそうにありません。それが気がかりなのです」


「奥様……」


「政略結婚など、よくある話です。

愛などなくても、そういったことはできるものだと聞いておりました。

もしかしたら私に、女性としての魅力がないのかもしれませんが」


悲しそうに、そして、申し訳無さそうに視線を落とすメリルリアに、ヴィンスは頭を抱えた。

ルディオールは女性をそういう対象としているはずだし、人を見る目もちゃんとあるはずだ。


「そんな……」

「そんなことはありません!メリルリア様はいつも優しくて綺麗でとても素敵な女性です!!」


否定しかけたヴィンスの台詞を、ワゴンの側にいたマリーの声が掻き消した。

メリルリアは、マリーの大きな声に目を見開き、そして、少し照れたような笑みを浮かべた。


「ありがとう、マリー。

でも、旦那様にも好みというものがおありでしょうしね。私が年下過ぎて、妹や娘のようにしか思えないのかもしれないし、例えばもっとグラマラスで妖艶な美女とか、華奢で儚い可憐な乙女がお好みなのかもしれません」


「なるほど……ですが、奥様はとても魅力的です。

お若いのに所作もちゃんとしていて、お仕事だってバリバリできて賢い。その上、見た目も綺麗で皆に優しいなんて、控えめに言って女神様だと思います」


「こら、マリー。慎みなさい」

「ですがヴィンス様、使用人たちは皆、奥様を慕っています」 

「それは否定しません」


ヴィンスは、困ったように苦笑した。


「奥様。私が知る限り、旦那様は特定の女性と懇意になられたことはありません。

前領主夫妻がお亡くなりになるまでは王都でお過ごしでしたが、特に女性に対して特別な趣味嗜好はなかったかと」


「そうなのですね。

他に想う方もいないと仰っていたし、困りましたね。

もしかして、夜の旦那様の旦那様は使い物にならないということでしょうか?」


普段大人しく朗らかなメリルリアが放った強烈な皮肉に、ヴィンスと侍女は思わず面食らう。


「お、奥様!?」

「な、なるほど……それは仕方ありませんね」

「マリー!そこは納得するところではありません」

「ですがヴィンス様、初夜に奥様の誘いを断るなんて失礼です。普通ありえませんよね?」

「その点は同意します」

「ですよね?どうかしています」


眉根を寄せ、むむむ、と考え込むヴィンス。

マリーも、うーんと考え込んだ。


「ふふ、冗談です。私だって嫌味くらい言います。

ですが、もし本当にそういうご病気なら、早くお医者様に相談する必要がありますね」


「仰る通りです」

「旦那様がお忙しいのは百も承知ですから、仕方のないこととはいえ、寂しいものですね」


憂いた表情を滲ませ、メリルリアは、若草色の瞳を諦めたように伏せた。

ヴィンスとマリーは、心配そうに顔を見合わせた。


メリルリアは、清く美しく知的だ。

その上、整った顔立ちと凹凸のある体つきをしていて、性格も頭も良い。

もしかしてルディオールとメリルリアは、物凄いすれ違いを起こしているのではないか。

そんな思いを胸に、ヴィンスはメリルリアに提案する。


「奥様。後継ぎの件は、私から旦那様にお話してみてもよろしいでしょうか」


「ええ、是非お願いします。

離縁や愛人を持つことも選択肢としてはありえますが、旦那様は養子と仰せでした。

どこかに養子のあてがあるのかもしれません」


にこ、と諦めたように微笑むメリルリアは穏やかだ。

しかし、どこか無理をしている。

ヴィンスは、申し訳無いやら可哀想やらで、複雑な気持ちになった。


「奥様はお若く、嫁いでこられて日も浅い。

愛人や離縁など、とんでもないことです。

まずはお二人で話し合いをされるのがよろしいかと」


「そうね。私もそう思います。

ですが、そもそもお会いすることすらないものですから、どうしようもないのです。

夫婦なのに、おかしいですね」


今度こそちゃんと笑って、メリルリアは紅茶を飲んだ。

ヴィンスは内心、深い溜め息をついていた。


ガタイがよく顔も怖く不器用なルディオールに、浮いた話はこれまで一度もなかった。

よって、メリルリアがルディオールの好みにフィットしているかと問われても、ルディオールが幼い頃からこの家に仕えているヴィンスにもわからない。

しかし、ルディオールは人として最低な奴ではない。むしろいい奴であることは確かだった。


「来週、旦那様がお戻りになります。

王都での用件が済んだとのことなので、これからはきっと、嫌でも毎日顔を合わせることになりますよ」


ヴィンスは、まるで娘を見守るような気持ちでメリルリアに言う。

しかし頭の中では、友人、つまりルディオールの父の息子にどのように説教すべきかと考え始めていた。


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