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15話:両想い〜心地良い独占欲〜

最終話です。

メリルリアは、きちんと事情を説明してくれたルディオールの態度に、泣きたくなるくらいホッとした。


「信じます」


きっぱりと言い切ったメリルリアに、ルディオールはぽかんとした。

ルディオールは、嘘をついているようには見えなかった。けれど、もしこれが嘘でも、メリルリアはそれでいいと思った。


「旦那様を、信じます」

「いいのか?」

「当たり前です。それに、好きな人のことは信じるものだと言ったのは、旦那様です」


それは数ヶ月前、王都で、メリルリアが元婚約者と二人きりで会っていた時に、ルディオールがメリルリアに言ったことのある台詞だった。

好きな人、というメリルリアの言葉に、ルディオールは思わず動揺する。


「そうか。そうだったな」


ルディオールの青い瞳が揺らぐ。

物言いたげに、そして、どこか切ない表情をするルディオールは、メリルリアを問い正さない。

結婚当初の頃の負い目なのかもしれないが、その気遣いが凄くもどかしくて、メリルリアはくしゃりと顔を歪めた。


ルディオールは優しい。いつだって臆病なメリルリアを気長に待ち、寛容に受け止めてくれる。

きっとこうして、いつまでもこのまま優しくしてくれるのだろう。

そうしていつか、もしかしたら、他の人にもこんな風に優しくするのかもしれない。


「旦那様のことが好きです」


そこまで考えた時、メリルリアの口から紡ぎ出されたのは、とてもシンプルな一言だった。

ルディオールは一瞬、何を言われたのか分からなかった。

メリルリアを凝視したまま、動きも思考も停止する。


「ですから、どうか愛人を作らないでください。

旦那様があの人に優しくして、私にするみたいに触れたのかと思うと、すごく嫌でした。想像するだけで苦しい……」


言い募りながら、メリルリアの目頭は徐々に熱くなる。

これ以上、ルディオールに言うべき言葉はもうなくて、メリルリアは黙って俯き、涙を零した。


ルディオールは、しばし茫然としていた。

結婚生活の入口で完全にしくじっていたため、この先は片想いでも已む無し、妻でいてくれされすればよし、とすら思っていた。


ルディオールは、メリルリアに嫌われていない自信はあった。夫として認められている自信もある。

しかし、恋愛感情で好かれている自信は、正直あまりなかった。

メリルリアからちゃんと気持ちを伝えられたことはなかったし、ルディオールからメリルリアに聞いたこともなかったから、その衝撃は大きかった。


「ご迷惑ですか?」


長い沈黙が痛すぎて、先に音を上げたのはメリルリアだった。

少し上擦った声に、ルディオールはハッと我に返る。

ルディオールを切なく見つめるメリルリアの若草色の瞳は、涙に濡れている。

ルディオールは切なげに眉根を寄せ、メリルリアをぐいっと引き寄せ、強く抱きしめる。


「迷惑なはずがない。夢みたいだ。

君に好きだと言ってもらえる日が来るなんて、私は幸せ者だ」


ルディオールの声は、少し震えていた。

メリルリアはホッとしつつも、少しだけ後悔した。


(もっと早くに、ちゃんと言葉にして伝えておけばよかった)


もしかしたら、ルディオールはずっと気にしてくれていたのかもしれない。

着替えたばかりの白いシャツの胸元、はだけた素肌からはルディオールの香りがする。

メリルリアは、すり、と頬を擦り寄せた。


「メリルリア、もう一度聞きたい。できれば名前で呼んでくれないか?」


メリルリアがルディオールを名前で呼ぶのは、現時点では夜、二人きりの時だけだ。

ルディオールは普段から名前で読んでほしいと言うのだが、どうしても恥ずかしさが先に立つのと、これまでの癖で、メリルリアは旦那様と呼び続けていた。


「ルディオール様のことが、好きです」


メリルリアは、頬を染めながらもちゃんと言った。

ルディオールは、心が一気に満たされていくのが分かった。

好きだから余所見しないでほしい、他の人に優しくするのは嫌という、ただそれだけのことなのに、非常に尊いお願いのように聞こえて、二度と他の異性に関われなくてもいいと思えた。

ルディオールは、幸せそうに笑った。


「嬉しい。ありがとう。私もメリルリアが好きだ。

愛人など要らない。これから先、一生、君以外の女性と話すのをやめよう」


「!?いや、そこまでしなくても大丈夫です」

「そうか?遠慮は不要だ」

「遠慮はしてません!普通でお願いします。その、いつも私にするみたいなことを、他の人にしないでほしいだけなので……」

「君にするようなこと、か」

「はい」


メリルリアは赤い顔のまま、恥ずかしそうにコクリと頷く。

ルディオールは、メリルリアが見せてくれた独占欲が嫌ではなかった。むしろ思いの外心地良くて驚く。

そして、かなりぐっときたため、ルディオールは躊躇いなくひょいとメリルリアを抱き上げた。


「ひゃあ!」

「分かった。分かったのだが、今のは君が悪い」

「……?」

「私は疲れている。夜を徹して馬で駆けてきた」

「!そうでした。お疲れ様でした。ゆっくりお休みください」

「そうする。そのために君も来るんだ」

「?」

「1週間近く君に会えなかった。会ってすぐ想いが通い合った。そんなの、一眠りする前にすることは1つだろう」

「……っ」


至近距離にあるルディオールの整った顔面は、今まで見たことがないくらい幸せそうに蕩けている。

しかし、何故かいつもより男らしく見えた。

お姫様抱っこをされた状態で、メリルリアは心臓がドキドキするのを止められない。恥ずかしくてどうにかなりそうだと思った。


「君にしかしないことをする。メリルリア、会いたかった」


熱っぽく、甘やかにそう告げたルディオールに、メリルリアは恥じらいつつも嬉しそうに微笑む。

そして、震える声で答え、ルディオールの首に抱きついた。


「私も。会いたかったです」


ツンツンしたメリルリアも可愛いが、素直なメリルリアも可愛い。

このままここで押し倒してしまいたくなるほど可愛い。


馬鹿みたいに可愛いという言葉しか出ない自分に、ルディオールは苦笑する。

愛しくて堪らなくて、思わずメリルリアに触れている手に力が籠もった。

ルディオールは、夫婦の寝室までいそいそとメリルリアを運んだ。



*****



翌日、再びアイリスは現れた。


ヴィンスは、前回同様にアイリスを応接室へ通した。

ルディオールはメリルリアをエスコートせず、敢えて辺境伯とはわからないような服装でメリルリアの後ろを歩いてきて、メリルリアの斜め後ろ、ヴィンスの隣に立った。

それは、完全に前回のジャック――つまり、護衛のポジションだ。


アイリスは、アイリスと向かい合ってソファセットに座ったメリルリアではなく、ルディオールに向かってにっこりと微笑んでみせた。

そして、猫撫で声で話しかける。


「私はアイリスと申します。貴方は?」


その台詞に、メリルリアはハッとしてヴィンスを見た。

ヴィンスは、目線だけで頷いた。

ルディオールはメリルリアを見ない。アイリスだけを見ている。

しかしその彫刻のように整った横顔には何の表情も浮かんでおらず、青く深い瞳は、氷のように冷たい。


「私の子を身籠っているというのは、本当か?」

「――!」

「はじめまして、アイリス嬢。私がルディオールだ」


ギョッとしたアイリスに、ルディオールは答えた。

その口調は高圧的で、とても感じが良いとは言えないものだった。


「謀ったわね」

「何のことだ」

「奥様をエスコートしないなんてありえないわ。酷い男ね」


イライラとした様子で悔しそうに言うアイリスを、ルディオールは眼光鋭く睨み付けた。

そして、低い声で問い質す。


「その酷い男の子供が、お前の腹の中にいるのだろう?」

「……!」

「私にはまだ後継がいない。しかし私はお前を知らぬ。よって、どこの馬の骨とも分からぬ者のせいで問題が起こる前に、無用な憂いの芽は摘んでおくべきかもしれないと思っている」


アイリスはビクリと身を竦ませ、青くなった。

メリルリアも背筋がゾッとした。ルディオールが怖い。殺気が凄い。


チャッ、という音がして、メリルリアが音の発信源であろう場所を見ると、ルディオールの手元だった。

ルディオールは、なんと屋敷内で帯剣していた。

メリルリアは、驚きに目を見開く。


アイリスは、急に顔色を失ったメリルリアの目線の先を見て衝撃を受けた。

そして、慌てて声を上げる。


「なっ……貴方、正気なの?」

「何のことだ?」

「剣なんて持って、何なの?私をどうするつもり?」

「どうって、もしお前の言い分が正しいのであれば、腹の子諸共、早めに処分してしまった方がいいと思ってな」

「ヒッ……」

「お前に子種をやった覚えはないのだが、まぁいい」


ルディオールは、口元だけに冷酷な薄い笑みを浮かべた。

その青い双眸は、この世のものを全て凍らせてしまいそうな冷ややかさで、アイリスを刺すように見据えている。


ルディオールは、シュリン、と剣を鞘から抜く。

良く研がれた刃物の音が、静かな応接室に冴え冴えと響く。

ルディオールは、アイリスに向かって数歩、歩みを進めた。


「待って……嘘よ!嘘なの!!妊娠なんてしていないし、貴方のことも知らない!!」


剣を構え、じりじりと近づいてくるルディオールは、鬼気迫る雰囲気だ。

長身で確りと筋肉がついた身体は立派で、整った顔面についた青い目が、恐ろしいほどに鋭く光っている。

アイリスはソファから立ち上がり、後退りで壁際まで逃げ、半ば叫ぶように否定した。

華奢だが、女性的な凹凸のある身体が、ガクガクと震えている。


「ほう、何故そんな嘘をついた」

「ちょっといい思いをしたかっただけよ。誰でも良かったのよ!」

「誰でも、ね」

「お金持ちの愛人になったら、楽ができるって聞いたのよ!悪い!?」


最早、白に近い青い顔で、アイリスは喚いた。

その怯えようを見れば、ルディオールの脅しは効果覿面だったことは誰が見ても明らかだ。

少しばかり威嚇するつもりが、相当怖がらせてしまったようだ。

ルディオールは若干複雑な気持ちになりつつ、ふーっと溜息をついた。そして、磨き上げられた剣を下ろす。


「ここから出ていけ。二度と顔を見せるな」

「言われなくてもそうするわよ!貴方みたいな怖い人、こっちから願い下げだわ!!」


アイリスはルディオールから距離を保ったまま、小走りでヴィンスが開けた応接室のドアへ向かった。

そして、振り返ることなく小走りに部屋を出ていった。


ヴィンスはルディオールと目配せし、無言で頷き、アイリスを追いかけた。

ヴィンスの更に後ろで控えていたマリーも、黙って静かに一礼して部屋を出ていった。




シンとなった応接室には、メリルリアとルディオールだけが残された。

ルディオールは、慣れた手つきで剣を鞘に収めた。


「メリルリア、大丈夫か?」


心ここにあらずで、どこかぽーっとしているメリルリアに、ルディオールは声をかけた。


「旦那様……いえ、ルディオール様が剣を構えているところを初めて見ましたが、素敵でした」


メリルリアから若干キラキラしたような目で見つめられ、ルディオールは瞠目した。

怖がらせてしまったかと思ったのだが、メリルリアの反応は想定外に良かったことは僥倖だ。


「まぁ、あそこまで効果があるとは思わなかったがな。君は剣が好きなのか?」

「剣というか、馬に乗れて剣を扱える男性は格好良いと思います。ルディオール様は馬だけでなく、剣もお得意なのですね?」

「まぁそうだな。ダンスよりは遥かにできる」

「!とてもお得意ということですね」


頬を赤らめ、少し興奮した様子で言い募るメリルリアは、まるで恋する乙女のようだ。

ほう、と息を吐いて、帯剣したルディオールを見る目はどこかうっとりしている。


(知らなかった……メリルリアはそういうのが好みだったのか)


幸いルディオールは、乗馬ができるどころか一昼夜馬で駆けることも平気だし、剣にも体術にも自信があった。

辺境伯領を継いでからは遠のいていたが、王宮にいた頃は騎士団の訓練に参加していたし、剣術大会にも出ていた。


(今度、久々に剣術大会にでも出てみるべきか?涼しくなったら、二人で遠乗りもいいな)


咄嗟にそんなことを思ってしまった自分に、ルディオールは苦笑した。




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