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13話:自称恋人〜美しき妊婦〜

書きたいシーンが出てきたので続きを書きます。

3話程度で終了予定。

その日は、カラリとよく晴れた夏の日だった。


「奥様、お客様がいらっしゃいました」

「どなたかしら?」

「アイリスと名乗る女性の方です」

「アイリス……聞いたことがないわ」


メリルリアの執務室に入ってきたヴィンスは、立派な机でそこそこ山盛りの書類と向き合うメリルリアに続けた。


「さようでございますか。

私も初めてお目にかかる女性でしたが、平民にしては身なりが良かったので、もしかしたら商家か、新しい貴族かもしれません。

アイリス様は旦那様に会いたいと仰せですが、旦那様はご不在だとお伝えしたところ、代わりに奥様に会いたいとのことです」


「そう」

「明らかにあやしい、とまでは言えない雰囲気の方です。しかし、先触れもなく失礼ですから、お断りしましょうか?」


「悩ましいけれど、私にと仰るならばお会いします。

でも念の為、腕のたつ使用人……例えばジャックあたりに同席いただきましょうか」


「そうですね。それがよろしいかと。私も同席します」

「ありがとう、ヴィンス」


メリルリアは、手元の書類をさっと纏め、一階の応接室へと急いだ。

ルディオールが戻ってくるのは、4日後だ。

3日程前、ルディオールは、馬車で片道2日程かかる場所にある辺境伯領の端に位置する国境付近へと出かけていった。

目的は、隣国とこの国をつなぐ新たな交易路を作る計画があるため、その視察だ。

因みに、国王同士の会談で決まった話であり、ルディオールは国王の名代ということになっていた。



*****



「貴方が奥様ですか?」


応接室のソファに腰掛けていたのは、プラチナブロンドの波打つ髪と濃紺の瞳をもつ美しい女性だった。

アイリスは目鼻立ちがハッキリしていて、メリルリアよりも若く見えた。


ヴィンスの言う通り、彼女はくすんだブルーの編上げのワンピースを着ていて、下位貴族とも上級な平民ともとれる格好をしていた。

それに口調も、一応丁寧ではある。

メリルリアは、なるほど確かに危害を加えられそうな雰囲気はない、と納得し、アイリスに向き合った。


「はい。そうです」

「そうですか。では単刀直入に申し上げますが、私をルディオール様の愛人にしていただけませんか?」


いきなり飛び出したお願いに、メリルリアは息を呑んで固まった。

近くに立っていたヴィンス、マリー、ジャックも、ピシリと時を止めた。


「申し訳ございませんが、私の一存で決められることではありませんので即答はしかねます。

失礼ですが、アイリス様は旦那様とお知り合いなのでしょうか?」


メリルリアは極めて冷静かつ穏やかに、辺境伯夫人として適切に問うた。その表情は、仄かに微笑んでいる。

アイリスは濃紺の双眸を少し細め、ニッコリと微笑みを浮かべた。


「そうです。お知り合いというか、恋人でした」

「恋人」

「ええ。ルディオール様は何度も私に会いに来てくださって、その度にお情けもくださいました」

「お情け」


恥ずかしげもなく堂々とした様子で話すアイリスの台詞に、部屋の空気が凍り付く。

淑女教育の賜物というべきか、メリルリアは淡々とした様子で復唱した。

アイリスは艶然と微笑む。


「はい。一晩中、溢れるほどに何度も愛してくださいました。今ここで、その証も育ちつつあります」

「……!」


流石のメリルリアも、驚愕に目を見開いた。

アイリスが、ここ、と手を当てたお腹は、まだペタンとしていた。

その言動が意味するものは、恐らくはルディオールの子供。

衝撃のあまり、部屋に沈黙が落ちる。


アイリスは、腰や手足、そして首は驚くほど華奢だが、胸やお尻は、ほぼ標準体型のメリルリアより遥かにボリュームがあった。

そう、それは酷く男性が好みそうな曲線美。

かつてメリルリアと婚約していたジョアンと身体を重ねて孕んだ、侯爵令嬢と同じ。


「ルディオール様が最近来てくださらないから、寂しくて。もしかして他にお相手ができたのかなと思って、お屋敷まで来てしまいました」


メリルリアは、ニコニコと無邪気に説明するアイリスを直視できなくなった。

目眩がする。

メリルリアは、急に全身の血の気が引いたのが分かった。ぐらりと体が傾く。


「奥様!大丈夫ですか?」


ヴィンスが慌てて声をかけ、ジャックが咄嗟にメリルリアを支えた。

マリーはメリルリアに駆け寄ってしゃがみ込み、その顔を覗き込む。


顔面蒼白状態であることを確認して、マリーがジャックとヴィンスに目配せをして、小さく首を横に振った。

そこでヴィンスは、初めてアイリスに向かって言葉を発した。


「私は当家執事のヴィンスと申します。

アイリス様、大変申し訳ございませんが、奥様は体調が優れないので、本日はこれでお引き取り願えますか」

「そう、分かりました。では奥様、ごきげんよう。愛人の件、考えておいてくださいね」

「ご理解いただきありがとうございます。私が玄関までお見送り致します」


ヴィンスがアイリスを先導して、応接室を出ていった。

メリルリアは、そのまま意識を失った。



*****



目が覚めた時、窓の外はオレンジ色に染まっていた。

メリルリアは、もっと眠り続けたかったのにと目を開けた瞬間に思った。

眠っていれば、何も考えずに済むのにと。


(また私は、お相手を妊娠させたからという理由で捨てられるのかしら。

ああでも、今回はもう結婚しているし、『愛人にして』と彼女は言っていたから、前回とは少し違った展開になるのかしらね)


メリルリアは5年前を思い出し、物凄く胃のあたりが重くなった。

前回はそもそも、メリルリアと婚約者は上手くいっていなかった。


しかし、今回はそうではない。

確かに入口はビジネスライクな政略結婚でイマイチ煮えきらない関係性だったが、今は違う。

上手くいっている。アイリスに会うまで、少なくともメリルリアはそう思っていた。


メリルリアは、ルディオールが不在にしていない限りは、夫婦で寝食を共にしている。

食事は1年前から一緒だが、3ヶ月ほど前に王都で初めて身体を重ねて以降、寝室も夫婦同室になった。

そして、月の物が来ている時以外は、2日と開けずルディオールに抱かれ続けている。


ルディオールはいつも、可愛い、好きだと、沢山の愛の言葉とともにメリルリアを可愛がってくれる。

初心者だったメリルリアも行為に慣れてきて、最近では、最初の頃よりもずっと強烈な、溶けるような快感を拾えるようにもなっていた。


アイリスは、ルディオールが何度も通ってお情けをかけてくれたと言っていた。一晩中彼女を抱いて、溢れるくらい愛し、その結果、妊娠までしたのだと。

その事実にメリルリアは酷く傷付き、打ちのめされた。


(どうして他の人となんて……)


メリルリアが傷付くのは、正しくはない。

何故なら、高位な貴族男性に愛人がいることは普通だし、その数が多ければ甲斐性があると言われる世の中だからだ。

場合によっては正妻と愛人が協力し、上手くやっている家もあると聞く。


頭ではそう理解しているのに心がついていかず、胸が痛くてたまらない。

不安と不愉快さがおさまらず、メリルリアは一人静かに泣いた。

嫉妬に狂うなど愚かだと思っていた。

それなのに、今は、こんなにも心が乱れている。


その日から、メリルリアは食事が喉を通らなくなった。


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