12話:捕まった女神〜侍女の思い〜
最終話です。
事後感ありますのでR15。侍女マリー視点です。
ルディオールとメリルリアが一夜を共にした翌日のお昼頃、マリーは、甲斐甲斐しくメリルリアの亜麻色の髪を梳いていた。
「やっと収まるところに収まりましたね。奥様、おめでとうございます」
「ありがとう」
ドレッサーに座ったメリルリアは、照れくさそうにはにかんだ。
ほんのりと頬を染め、気だるげなメリルリアは、いつもより色気と隙がある。
マリーは、髪を片方に寄せて編み込みにしようとしてハッとした。
「どうかしたの?」
ピタリと動きを止めたマリーに、メリルリアは声を掛ける。
マリーは、にまにまと満足気な笑みを零し、編み込みにしようとしていた手を止めた。
そして、髪を下ろして再度梳き始めた。
「首筋が目立たないように、ダウンスタイルにしますね。本日は元々お屋敷でゆっくり過ごす予定でしたから、服装はこのままでよろしいですか?」
「?」
「幾つか……いえ、結構たくさん旦那様の跡がついておりますので」
「!」
かあっと赤くなり、メリルリアは首筋を両手で隠した。
「ふふ。奥様、もう遅いですよ。
先ほどお着替えの際、お胸、二の腕、お腹、あと太ももにもあることを確認済みです。
ですが、首の側面や後ろは、髪で隠れて気付きませんでした」
「えっ、そんなに?」
「はい。そんなにです」
「どうしよう……暫く外へ行けない?」
「いいえ。首の正面にはついていませんので、お胸元のあいていないドレスにして、髪型さえ工夫すれば問題ないかと」
「そうなの?」
「ええ、大丈夫ですよ。明日の観劇デート、楽しみにしていらっしゃいましたものね」
「ええ、そうなの。よかった」
嬉しそうに笑顔を見せるメリルリアは、結婚当初よりも可愛くなり、少し無防備になったとマリーは思う。
それは、人間味が出てきたという意味でもあった。
昨年のクリスマス、つまり、ルディオールがメリルリアに分かりやすく好意を示し始めてから、メリルリアは少しだけ、好き嫌いや喜怒哀楽の振れ幅が大きくなった。
それまでのメリルリアは、感情の振れ幅は一応ありつつも、淡々と自分の役割を果たしているように見えた。
優しく微笑んでいても、楽しそうにしていても、どこかその若草色の瞳の奥は冷めていて、マリーより3つ年下とは思えない落ち着きぶりだった。
メリルリアは時々、寂しそうに窓の外を見ていた。
マリーは一度だけ、気になって声をかけたことがある。
するとメリルリアは、ここから見える景色は自然が豊かで綺麗だから、この目に焼き付けておきたいのだと静かに笑った。
その横顔が透けてしまいそうなくらい儚げで、マリーは、メリルリアを守ってあげたい、味方でいなければと思ったのだった。
辺境伯領の窮地に現れた、真面目で優秀な若い女性。
優しい穏やかなメリルリアの、凛とした立ち居振る舞いと憂いた表情。
そして、マリー達の渾身のお手入れの成果によるビジュアルアップ。
これらが相まって、良くも悪くも、メリルリアはどこか神秘的な美しさを纏い始める。
その内、いつかここから居なくなってしまいそうだ。
ある時、誰からともなくそのような言葉が出て、以降、マリーを含めた使用人達は、メリルリアを女神様のような人と例えるようになった。
しかし、昨年のクリスマス以降、メリルリアの印象は変わり始める。
これまでは、にこやかだが大人っぽくスンとしていたメリルリアが、ルディオールの言動をきっかけに、初心な少女のような反応をし始めたのだ。
そして、二人して強烈に甘酸っぱい空気を醸し出し始める。
使用人達は皆、あの頃から、まるで娘なり友人なりの初恋の行方を見守るかのような気持ちになっていた。
マリーは気分良く、そして手際よく、サラサラのメリルリアの髪をハーフアップにしながら小声でメリルリアに言う。
「夜の旦那様の旦那様、ちゃんと使い物になってよかったですね」
その言葉に、昨夜の男らしいルディオールを思い出し、メリルリアは一気に耳まで赤くなった。
にこにこと嬉しそうにしながら、ハーフアップにした髪の一部をおしゃれに編み込んでくれているマリーに、メリルリアは黙って頷いた。
そう。まさに昨日、いつぞやのメリルリアの心配事は、綺麗サッパリ解消されたのだ。
マリーは、鏡に映るメリルリアの様子を見ていた。確りと、注意深く。
しかし、メリルリアに昨夜のような悲壮感はなく、病的な振る舞いをする様子もないため、ほっと胸を撫で下ろした。
恐らく夜会でメリルリアに何か良からぬ事があったであろうことは、マリーも察していた。
ルディオールに抱えられるようにして帰宅したメリルリアは、明らかにいつもと様子が違ったからだ。
メリルリアは、ドレスを脱ぐ時点では完全に心ここにあらず状態というだけだったが、入浴中に、虚ろな目をして身体をゴシゴシと洗い始めた。
繰り返し繰り返し洗い続け、流石におかしいと思ったが、マリーではメリルリアを止められない。
その結果、マリーは、メリルリアを浴室に残して全力で廊下を走った。
脇目も振らず向かった先は、ルディオールの私室だった。
ルディオールに知らせるためとはいえ、今思えば、夜遅くに屋敷内を全力疾走するなどというのは、淑女として決して褒められた振る舞いではなかった。
しかし、あれはあれで正解だったのだろう。
マリーの報告で尋常ではないメリルリアの様子を知ったルディオールは、サッと顔色を変えた。
そして、髪を拭くのもそこそこに、ルディオールはガウン姿のまま慌てて部屋を飛び出していった。
その際、ルディオールに、「メリルリアのところへ行く。君はこのまま下がってよい」と言われたので、命令通りそのまま自分の部屋に引っ込んだが、マリーはメリルリアを心から心配していた。
そして自分の無力さを呪った。
明けて翌朝、夫婦は寝室から出てこなかった。
そして、朝とお昼の間くらいの時間になって、ルディオールがようやっと部屋から顔を出し、通りかかった使用人に食事を夫婦の寝室まで持ってくるようにと言った。
シェフはいそいそと朝食をワゴンに乗せ、マリーは部屋の前までそれを運んだ。
その後、お昼頃になって、やっとルディオールが出てきた。
メリルリアの着替えを、とマリーに言い残し、ルディオールは着替えのために自室へと戻っていった。
ルディオールはいつになく機嫌がよく、ツヤツヤしていた。
更に、夫婦の寝室の広いベッドに残されていたメリルリアが気だるげで、シーツの下は全裸となれば、誰が見たって何があったか分からないはずがない。
マリーは、気恥ずかしそうに、しかしどこか満たされたような顔をしているメリルリアを見て、うっかり涙が出そうになったのだった。
「本当によかったです。奥様、今日もお綺麗です」
しみじみと、噛みしめるようにそう呟いて、マリーは一人、泣き笑いみたいな顔になった。
そして、本日の髪飾りとして選んだバレッタを手に取った。
(ちゃんと女神様を捕まえたのですから、金獅子様の色にしておきましょう)
バレッタはゴールドで、真ん中にルディオールの目のような青い宝石がついていた。
マリーは内心、堅物で真面目なルディオールに感謝と敬意を表した。
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