11話:優しい猛攻〜金獅子の本性〜
事後です。R15。
朝の光の中、メリルリアは目を覚ました。
視界を埋め尽くす一面の肌色に、パチパチと瞬きをする。
「おはよう、メリルリア」
「……!」
頭上から聞こえた声に顔を上げると、寝起きのルディオールがこちらを甘く見つめていた。
メリルリアは声にならない悲鳴を上げ、掛布のシーツを引き上げて顔を隠した。
ルディオールはぽかんとして、その後、ふはっと吹き出した。
「身体は大丈夫か?」
よしよしと、シーツからはみ出た頭と髪を撫でられる。
メリルリアは照れくさくて逃げ出したくなったが、シーツに潜ったままで、素直にうんと縦に首を振った。
メリルリアは、正真正銘の初めてだった。
体の奥に残る違和感が生々しくて、恥ずかしくて、でもなんだか嬉しくて、羞恥と戸惑いを隠せない。
「そうか。侍女を呼ぼうか?」
「あの、……ッケホ、コホコホ」
メリルリアは慌ててシーツから顔を出し身を起こすが、喉の渇きで軽く咳き込んだ。
ルディオールは、ベッドサイドにあった水差しからガラスのコップに水を注ぎ、メリルリアに差し出す。
すると、メリルリアは両手で受け取り、ごっごっごっ、と水を一気に飲み干した。
その姿を愛しそうに見るルディオールの青い目は、蕩けそうに甘い。
ルディオールは飲み終わったコップを受け取り、ベッドサイドに置いた。
そして、じっとメリルリアの次の言葉を待つ。
メリルリアは、少しの躊躇いを若草色の瞳に浮かべつつ、ルディオールに向かって口を開いた。
「信じてくださって、ありがとうございました」
「……?」
「昨日の件、逢瀬などではないと」
「当然だ。普段の君を見ていれば、君がそんなことをするはずがないと分かる。
それに普通、好きな人のことは信じるものだろう」
「ありがとうございます」
感動したように瞳を潤ませるメリルリアに、ルディオールは、少し申し訳無さそうに微笑みかけた。
「メリルリア。困った事や悩み事は、できれば遠慮なく教えてほしい。君は、辛抱強いから心配なんだ。
昨日だって、マリーが知らせてくれなければ気付かなかった。すまない。あんなに側にいたのに」
擦り過ぎて内出血しているメリルリアの右手の甲をそっと手に取り、ルディオールは羽のように軽い口付けを落とした。
その仕草に、昨夜のルディオールを思い出し、メリルリアはドキリとした。
しかしその動揺を隠すかのように、真面目に詫びようとする。
「ご心配をおかけして、申し訳」
「待った。謝罪は要らない」
遮られた台詞に、メリルリアはきょとんとして、その後、小さく笑った。
「はい。ありがとうございます」
ルディオールは優しい表情で頷き、メリルリアに微笑み返した。
穏やかで心地よい少しの沈黙の後、メリルリアは気になっていたことをルディオールに尋ねた。
「あの、1つ質問してもよろしいでしょうか」
「ああ」
「旦那様は、ジョアン様をご存知だったのですか?婚約破棄のことは確かお伝えしたと思いますが、名前までは伝えていなかった気がして……」
「まあ、流石に君の身辺調査の書類は読んでいたからな。といっても、ちゃんと知ったのは王宮での任を解かれた後だったが」
「そうですか」
どこか不安そうに、物言いたげにしているメリルリアに、ルディオールは聡く気付いて言葉を追加する。
「大丈夫だ。婚約破棄の顛末は知っているし、君に落ち度がなかったことも理解している。
それに、以前言っていた話も単なる噂なのだろう?」
「?」
「君がふしだらで愛人向き、という話だ」
「!覚えていらっしゃったのですね」
「忘れるわけが無いだろう。それに、君の初めては確かに私が貰った」
ルディオールの台詞は、ちゃんとメリルリアの欲しい言葉達が詰まったものだった。
メリルリアはほっとして、ふにゃりとすっぴんの顔を緩めた。
「よかったです。旦那様には誤解されたくなくて……」
心から安心したように、泣き出しそうな顔で言うメリルリアは、控えめに言って最高に可愛い。
ルディオールの胸に、見えない矢がザクッと突き刺さる。
少々寝癖のついた長い亜麻色の髪はサラサラで、乱れたベッドに座り込んでシーツで白い素肌を隠し、恋する乙女のような表情でこちらを見つめてくるメリルリアは、物凄く無防備だ。
身体のところどころに残る赤い跡も、強烈にそそる。
昨夜己がつけたのだと思うと、大変滾る。
理性を試されているような気持ちになって、ルディオールは大きく深呼吸した。
「メリルリア。これからは毎日一緒に寝よう」
ギョッとするメリルリアに、ルディオールは真面目な顔で言う。
「もっと、ちゃんと君と夫婦になりたい。ダメか?」
「いいえ、そういうわけでは。でも、毎日は……」
美しく済んだ青い瞳に捕らえられ、メリルリアはかぁっと頬を染めた。
ルディオールは、フッと笑みを滲ませた。
昨夜、メリルリアを押し倒したときの反応で薄々気づいてはいたが、どうやらメリルリアは、男慣れどころか口説かれ慣れてもいないらしい。
「別に、毎日しようという意味ではない。単に、同じ部屋で一緒に眠ろうという意味だ」
「なっ、あっ、当たり前です!!」
「そうか。しかし、君さえよければ、私は毎日そういう意味で構わない。どうする?」
「!?」
再びギョッとしたメリルリアに、ルディオールはゆったりと微笑んでみせた。
余裕のある大人の男性に見えるように。
がっついて見えないように。
メリルリアは、視線を泳がせた後、恥ずかしそうに答えた。
「まだ、よく分かりません……」
「では、気に入ってもらえるよう努力する」
「努力」
「そうだ。いつか君から求めてもらえるように」
「……っ」
愛情なのか独占欲なのか、最早分らない。
分らないがしかし、ルディオールは、メリルリアに一度手を出してしまった以上、手放すつもりはなかった。
無論、手を出しておらずとも手放すつもりはなかったのだが、一度触れてしまったらもう、触れずにはいられないと思ってしまった。
これまでルディオールは、色恋にも女性にもあまり興味がなかった。
最低限の経験はあったが、基本的には、単なる生理現象という感想しか持っていなかった。
しかし昨夜、相手によってはこんなにも違うものなのかと感動した。
まるで別物だ。心も体も驚くほど燃え上がり、満たされるという経験を、ルディオールはこれまでしたことがなかった。
「もう遠慮はしない。でも、嫌な時や気分が乗らない時はちゃんと拒否してほしい。いいね?」
メリルリアはますます赤くなった。
昨夜もそうだった。ルディオールは、押せ押せで強引と見せかけて、ちゃんと逃げ道や選択する権利をメリルリアに提示してくれる。
その優しさと寛容さに、メリルリアはぐらぐらと心を揺さぶられる。
ルディオールは、メリルリアが怒ったり嫌がったりするかもしれないと想像していたが、メリルリアは大人しく、ちゃんと首を縦に振った。
ルディオールは、そんなメリルリアを見て嬉しくなった。
「そういえば、初夜の君は随分と大胆だった。あの度胸と気前の良さは一体どこから来たんだ?」
「……!」
「今思えば、物凄く惜しいことをした。あの透けた寝間着を」
「旦那様っ!」
「着た姿の君もきっと美しく」
「忘れてください!!」
メリルリアは被せ気味に言った。
羞恥のあまり涙目になったメリルリアに、ルディオールは甘い笑顔を向けた。
「無理だ。勿体無い」
「!?」
「いつかもう一度着てほしい。今度はちゃんと脱がせたい」
ルディオールは、朝からいやらしいことをサラッと言い放った。しかし、何故か無駄に爽やかで潔い。
この人は本当に旦那様なのだろうか。
あまりの変貌ぶりに、メリルリアは目眩がしそうになった。




