10話:上書き〜初めての夜〜
R15ですが、本番はありません。
ルディオールが男前です。
「メリルリア、もうやめろ」
暫くの後、夢中で身体を洗い続けていたメリルリアの左手をパシッと掴んだのは、ルディオールの大きな手だった。
慌ててやって来た様子のルディオールは、濡れ髪にバスローブを着ていた。
「旦那様。今、入浴中ですよ?」
メリルリアは泡だらけのまま、無理やり貼り付けたようなぎこちない笑顔を作ってみせた。
洗い場の低い椅子に座っているメリルリアは、帰宅したときよりも表情が固く、酷く弱々しい。目も虚ろだ。
いつもとはまるで別人のようなメリルリアの様子に、ルディオールは胸を抉られたような気持ちになった。
「そうだな。入浴中にすまない」
自分も傷付いたような気持ちになり、ルディオールは自責の念にかられると共に、強烈な怒りを覚えた。
メリルリアが受けたダメージは、想像以上に大きい。
それを認識して、ルディオールは、怒りのあまり歯ぎしりしそうになった。
(あの男、やはり半殺しくらいにしておけばよかった)
時と場合を考えて、咄嗟に理性的な対応をした。
あの場でボコボコにした場合、誰かに見られたら話がややこしくなる上に余計メリルリアが傷付く。
なので、見えないところに渾身の一発を決め、その後は本人なのか家ごとなのかを潰してやろうと思っていた。
それ自体は、判断が間違っていたと思わない。
しかし、本音と建前は別だ。
ルディオールが報復したとて、メリルリアが癒えるわけではないことを理解していてなお、腹の底から、絶対に許せないという黒ぐろとした怨念のようなものが湧き上がってくる。
(メリルリア……守ってやれなくてすまない)
ルディオールは、身体を擦っていた布をメリルリアからそっと取り上げた。
そして、洗い桶のお湯で、メリルリアの身体についた泡を流してやる。
どこかぼんやりとしたメリルリアは少しも抵抗せず、されるがままだ。
白い裸体を惜しげもなく晒しているメリルリアを見ると、口周りは無事だが、右の手の甲、そして乳房を含めた胸周りが赤い。
恐らく、擦り過ぎによるものだろう。
「一応聞くが、あの男に未練は?」
虚ろだったメリルリアの瞳に、少しの光が宿る。
そして、崩れ落ちそうな顔でルディオールを見て、ふるふると、必死に首を横に振った。
ルディオールは、そんなメリルリアを憐れに思いつつも、意思疎通ができることに少しホッとした。
「そうか。では、私が全て上書きしても問題ないな」
「……?」
不思議そうな顔をしたメリルリアの頬に、ルディオールはそっと優しく触れる。
ルディオールは、メリルリアが嫌がらないのを確認してから、メリルリアの唇に優しく口付けた。
そして、ルディオールは壊れ物を扱うかのようにメリルリアの右手を取り、その甲に優しく口付けを落とした。
何度も、何度も、少しずつ場所を変えながら。
その間メリルリアは、惚けたようにルディオールを見つめていた。
「メリルリア」
ルディオールは甘い声で呼びかけ、されるがままのメリルリアを慈しむように見つめた。
メリルリアの若草色の瞳がルディオールを正面から捉えた瞬間、ルディオールは、ゆったりと微笑んだ。
そして、もう一度顔を近づけ、メリルリアの薄く開いた無防備な唇を己の唇で塞ぎ、舌をねじ込んだ。
「んん……っ」
メリルリアはぬるりとした感触に驚き、思わず声を上げる。
ルディオールは、全身を緊張させたメリルリアを労るように、しかし逃がすことは許さないというように抱き寄せる。
穏やかに、しかし執拗に、ルディオールの舌がメリルリアの口内を侵す。
「ふっ……はぁっ」
「メリルリア、鼻で呼吸するんだ」
「……っん……」
「そう、上手だ」
ルディオールはキスの合間にそう言って、角度を変えてまた口付けた。
激しさはないが、深く甘やかな口付けに、メリルリアは瞳を閉じた。
強張っていた四肢の緊張はいつの間にかほぐれ、くたりと脱力してルディオールに寄りかかっている。
ルディオールは、そっとメリルリアの胸の膨らみに手をやり、まろやかな乳房を優しく掴んだ。
そして、剥き出しになっている先端に、ツンと指で触れる。
メリルリアはその刺激に、ビクッと大きく身を震わせた。
ルディオールは、柔らかな感触や敏感なメリルリアに思わず我を失いそうになる。しかし己を戒め、理性的な言動を崩さなかった。
ルディオールは、二人の唾液に濡れたメリルリアの唇に、ちゅ、と軽い口付けを落として囁いた。
「続きは寝室で。私に上書きさせてほしい」
耳元で、低く、誘うように言われ、メリルリアは背中がぞくぞくした。
同時に、体の奥がキュンとするのが分かった。
初めての感覚に戸惑いを隠せず、メリルリアが縋るようにルディオールを見ると、静だが情熱的な視線が絡みつく。
ルディオールの青い目にじっと見つめられ、メリルリアは、何故か急激に恥ずかしさが込み上げてくるのが分かった。
逆に、どうして今まで平静でいられたのかわからない。
メリルリアは急に我に返り、顔どころか全身まで瞬く間に赤く染まって胸元を両腕で隠す。
「あの、私、……」
羞恥のあまり涙目になり、顔を逸らし始めたメリルリアに、ルディオールは目を見開いた。
そして、安堵したように笑って、恥ずかしがるメリルリアをひょいと抱き上げる。
「ひゃぁ!やっ、あの、重いですから」
「そうか?軽いものだが」
言いながら、ルディオールはメリルリアのおでこにキスを1つ落とした。
思わず固まったメリルリアの反応がちゃんといつも通りで、それが嬉しくて、ルディオールはとろりと表情を緩めた。
「メリルリア、今更照れても遅い。すまないが、途中でやめてやれないと思う」
お姫様抱っこでメリルリアを抱え、ルディオールは歩き出した。
途中でバスタオルを器用に手に取り、腕の中に収まっているメリルリアに渡すと、メリルリアは慌ててバスタオルで身体を隠した。
浴室から出てすぐの主寝室に設えられた大きなベッドに、メリルリアはそっと降ろされた。
ルディオールは、メリルリアを押し倒して見下ろすような形で四つん這いになる。
「本当は、君の気持ちを聞ける日まで待とうと思っていた。しかし、もう待てない。
他の奴に奪われるくらいなら、もっと早くにこうすべきだったと先ほど心から後悔した。だから今夜、私が君を抱く」
メリルリアは、熱のこもった台詞にドキドキした。
同時に、この先を想像して、恥ずかしさと緊張と不安で震えだしそうになる。
「怖いか?もし嫌だったり、心の準備が必要なら、私から逃げてくれ」
怯えつつも、ベッドに押し倒したようになっているメリルリアは、ルディオールと絡み合う視線をそらさない。
見上げた先、視界いっぱいのルディオールの表情は落ち着いている。
あくまでもメリルリアに無理をさせないつもりなのだろう。ルディオールは、ちゃんと優しさと冷静さを残したままだ。
「私とするのは、嫌か?」
「……っ」
切なげなルディオールに、メリルリアは思わず目を見開く。そして、慌てて首を横に振る。
メリルリアの様子を見て、ルディオールはホッとしたように顔を綻ばせた。
「そうか。ならば大丈夫だ。君はただ、私に身を任せ、流されてくれればいい」
ルディオールの言動に大人の余裕を感じつつ、メリルリアは覚悟を決め、コクリと頷く。
深く青い双眸は穏やかだが情熱的な光を宿しており、濡れた金髪やバスローブが開けた胸元からは、成熟した男性の色気が漂う。
「あの男のことは忘れろ。君は私の妻だ。全部私のものだ。いいな?」
珍しく命令口調のルディオールは、酷く男性的だ。
メリルリアに言い聞かせるような台詞は、まるで独占欲や嫉妬を顕にしているようで、メリルリアはときめく。
(旦那様が、かっこいい)
ルディオールにじっと見つめられると、ふわふわして思考がまとまらない。
メリルリアは、まるで酒にでも酔った気分で再度コクリと頷いた。これまで見たことのないルディオールに、思わず見惚れる。
(やばい。物凄く可愛い。何故そんな顔をするんだ。やめろ。我慢できなくなる……)
一方ルディオールは、悶絶しそうになりながら、必死に耐えていた。
まだ何もしていないのに、やたら色っぽくとろんとしているメリルリアは全裸で、バスタオル1枚を乗せているだけなのである。
がっついてはいけない。
メリルリアは傷付いている。
大事に優しく可愛がらなければならない。
……というような言葉たちを呪文のように心で唱え、己の興奮を戒めるべく深呼吸した。
そして、メリルリアをかろうじて隠していたバスタオルを横に退ける。
「綺麗だ」
思わず両腕で胸を隠すメリルリアに、ルディオールは柔らかく微笑む。
そして、どうか伝われと念じながら、きちんと想いを言葉にして、メリルリアに差し出した。
「メリルリア、愛している。君に触れていいのは私だけだ」




