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1話:政略結婚〜君を愛するつもりはない〜

「申し訳ないが、君を愛するつもりはない。だから君も、明日から好きにしていい」


夫婦の寝室に入ってきて開口一番、ルディオール――夫となった人――から言い放たれた言葉は、なかなかに絶望的だった。

政略結婚とはいえ、メリルリアは、甘い結婚生活からの幸せ家族計画をちょっとは夢見ていたのだから。


ルディオールに向かって、メリルリアは一瞬目を見開き、そのあと、取り繕うように小さく笑った。

元々、ルディオールはこの婚姻を望んでいなかったのかもしれない。


「かしこまりました、旦那様」


日中、恙無く終えた結婚式。

つい先日、20歳になったメリルリアは、このにこりともしない14歳年上のルディオールと、本日、結婚式場で始めて顔を合わせた。


事前に何度か会う機会はあった。

しかし、嘘か真か、辺境伯のルディオールは多忙を極めているという理由で、いつもその名代であるヴィンス――優秀でダンディな執事――が、メリルリアの実家である伯爵家に来て婚約や結婚の相談をし、その手筈を整えた。


メリルリアの両親は、ルディオール本人が一度も会いに来ないことを心配していた。

なるほどこういう事も懸念事項だったのかもしれないと、メリルリアは今更思った。

しかし、メリルリアに選択の余地はほぼなかった。

何故なら一度、メリルリアは婚約破棄になっていたから。


諦めるしかない。さようなら私の夢。

心の中だけでそう呟いて、メリルリアは口元に薄っすらと微笑みを浮かべて問う。


「ところで、幾つかお聞きしたいことがございます。

少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか」


目の前に立つ書面上の夫は、金髪碧眼の整った顔立ちをしている。

しかし、鋭い眼光と厳つい顔で、鍛えられたガッシリとした肉体をしており、ついた二つ名は金獅子。

ルディオールは、標準的な身長のメリルリアが寝台から立ち上がってもなお、随分と見上げねばならぬ程の長身だった。


「構わない。何だ」


ルディオールは、少しも表情を変えぬままに言った。

晴れ渡る空のような青い瞳は、少しも揺らめかない。

静かな、しかし、どこか深く、吸い込まれそうな強さで、メリルリアの若草色の目をじっと睨み返してくる。


不思議と恐ろしくはない。けれどその眼差しには、美しいが底の見えない湖のような、吸い込まれそうな魅力があるとメリルリアは思う。

しかし、今ここで雰囲気に飲まれてはいけない。

ひよるな。女は度胸だ。


「失礼を承知で申し上げますが、他にどなたか想う方でもいらっしゃるのですか?」

「いない」

「そうですか。では、愛するとは、旦那さまにとってどのような意味でしょうか」

「……?恋愛感情という意味だ」


「かしこまりました。では、最後に1つ。

好きにしてよいとのことですが、範囲や程度はどのくらいのイメージでしょうか」


「範囲や程度か……なるほど。

価値観の擦り合せは大切なことだな。

私は王都にいることが多く、屋敷にはあまりいない。

よって、辺境伯夫人としてこの家を回してもらえると助かる」


金獅子と呼ばれるルディオールと対峙しても怯まないメリルリアの評価は、もしかしたら若干上がったのかもしれない。

ルディオールは、少し感心したような声で述べた。


その間も、メリルリアは視線を逸らさない。

淑女の鎧であるアルカイックスマイルをその顔面に貼り付けたまま、ルディオールを見つめ続ける。


「かしこまりました。そのように致します」

「ああ。もういいのか?」

「はい、ありがとうございます。ではどうぞ」


メリルリアは、まとっていた白いガウンの腰紐に手をかけ、シュルリと解いた。

すると、ルディオールは驚きに目を見開いた。


「……?」


初めて、ルディオールの顔に感情らしいものが表れた。

しかしそれは想定していたものと異なっており、メリルリアは不思議そうな顔をした。

メリルリアが首を傾げる動きに合わせて、サラリと亜麻色の長い髪が流れる。


「旦那様?」


はだけたガウンの前合わせから、透け感のある淡い桜色の布と、その下の素肌がチラリと見えた。

ルディオールは、視覚情報が強烈過ぎて目眩がしそうになり、ぐっと歯を食いしばって目を逸らした。


「――待ってくれ。どうしてそうなる」


かろうじて絞り出した声が掠れていなくて、ルディオールはほっとする。

ルディオールは、大きく深呼吸して己の動揺を戒めた。


結婚式で初めて見たメリルリアは瑞々しく、清楚で整った容姿をしていた。

標準体型だが、巨乳とまではいかないものの少し胸が大きめで、どこか幼さの残った顔立ちとのアンバランスさが危ういとルディオールは思った。


その彼女が、今、目の前にいる。

防御力の低い布を纏い、上目遣いで両腕を広げ、抱きしめてくれと言わんばかりの格好をとっている。

そして、不安と恥じらいが混じったような顔で、雨上がりの新緑のように濡れた目をして、ルディオールを待っている。

これはまずい。


「辺境伯夫人の務めを果たそうかと」

「……?」

「私に恋愛感情が湧かないことは理解しました。ですが、お世継ぎは必要ですよね?」

「なるほど、そうきたか……」


ガックリと肩を落とすルディオールに、メリルリアは戸惑いが隠せない。

ルディオールは、メリルリアに歩み寄り、ガウンの前をきちんと重ね合わせて腰紐を結んでやった。


「目に毒だ。もっと自分を大事にしろ」

「ですが」

「問題ない。子など、どこかから養子を貰えば済むことだ」


戸惑うメリルリアの言葉を遮るルディオールの声は、どこか労るような色を帯びていた。

メリルリアは、真面目で真っ直ぐなのだろう。

だからこそ手が出せないのだと内心思い、ルディオールは、メリルリアの頭にポンと優しく片手で触れる。


「今日はもう寝るといい。おやすみ、メリルリア」


それは、先程よりも随分と優しい声だった。

ルディオールの仕草に、声に、メリルリアはドキリとする。

例えそれが親が子にするようなものであっても、夫となった人にされると、まるで違うもののように感じられることを初めて知った。


メリルリアが見上げた先で、ルディオールは、微かに微笑んでいるかのように見えた。

もしかして、14歳も離れていたら、妹や娘のようにしか思えないのだろうか。

咄嗟に浮かんだ可能性は、ルディオールが踵を返してしまったため、確認することは叶わなかった。


残されたメリルリアは、ぼんやりと、閉じられた夫婦の寝室の扉を見つめていた。


新作を書いてみました。

ある程度書き終えていますので、テンポよく更新する予定です。

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