過去から未来へ繋ぐ魂のカケラ
守護龍さんにも過去がある第一弾
…遥か過去の物語。
地球とは流れの違う星の上で。
♢♢♢
光溢れるお城には、とても可愛いお姫様が住んでいました。
金髪の髪を腰まで垂らし、肌の色は白く、フリルと宝石を散りばめた水色のドレスがよく似合うお姫様の名前はリンデンメール。
「うふふ。私に伝えたい事ってなぁに?」
部屋には一人きり。
お姫様は部屋の真ん中に置いてあるテーブルの上に両肘をつき、自分の顔ほどある大きな丸い水晶玉へ向かって話かけている。
イスには座らず立ったまま。
13歳の彼女の身長では座ってしまうと水晶が覗き込めないから。
木製の丸いテーブルの真ん中は水晶に合わせて窪みが作られた特注品で、テーブルを支える4本の脚は優美な曲線を描いている。
窓から入ってきた眩しい光は部屋の中へ届き、透明に近いカーテンがサラサラと風に揺られ、さらに窓際を明るく輝かせていたのだけど、部屋の真ん中にまで来ると少し薄暗い。
お姫様の覗き込んでいる水晶玉には、通信相手のお友達が映り込んでいる。
「あら、いいわね。ポーリがそんなに大きく育ったの?葉っぱも見えるわよ。」
お友達の横には鉢に入った植物の様なものが見える。
「姫様、お昼のお食事の時間です。」
部屋の外から使用人の声がする。
部屋の扉は開いたまま。
母親ぐらいの年の使用人と10歳ぐらいの女の子が廊下から、部屋の中の様子を伺っている。
この部屋に許可なく人は入れないので、使用人と女の子は返事があるまで待っている。
「アンナ、ヘザン。ありがとう。もう少し待ってね。」
お姫様は笑顔で振り返り、廊下の2人に声をかける。
その後再び、光溢れる窓の方へ向き直って、水晶玉を覗き込んでいる後姿も光って見える。
対する廊下は暗い。
髪をまとめて上の方でお団子にし、エプロンをつけた大人の使用人と横の10才ぐらいの女の子は同じ格好をしている。
小さめのお団子にまとめた金髪の髪に飾りはなく、質素な服にエプロンを着た女の子はアンナ。
アンナは眩しそうに瞳をすがめて部屋の中にいるお姫様をじっと見ていて、唇を噛み締めている。身体にも力が入っている様子。
右手はヘザンと呼ばれた大人の使用人のエプロンの裾を掴んでいた。年からすれば母子に見えるが顔は全く似ていない。
お姫様は通信相手のお友達に挨拶をしているようだ。
その様子を食い入るように見ているアンナに、隣りのヘザンが声をかける。
「あの水晶はいつ見ても美しいですね。アンナ。」
声は小さいけどとても優しい。
「……。」
コックリ頷くアンナは話せない。
産まれた時から声が出せず、何度か治療を試みても治らなかった。
声を発せないのは、呪われているからではないか、生まれながらに罪を背負っていらのではないかと人に言われ、そのせいで母親から離されてしまいこのお城で使用人として育てられている。
お城には治療師の他にも魔術師のような存在もいるので、呪いの発動があればわかるように見張られてもいたのだろう。
また、アンナのように王家の血筋に近い者で、病気がちな子供や再教育の必要な子供もお城の一角に集められているので、非道な処遇ではないと言える。ただ、親の愛を受けられない事には違いない。
本人も家族の事は一切知らないでいる。
それでも耳には入って来る。自分が誰の子であるのかは。
話せなくてもアンナにも感情はある。
明るい部屋にいるお姫様が羨ましくて妬ましい。
ヘザンはそっとアンナの背中を撫でる。
アンナの強張りを解くように。
あまり待たずして、部屋の中からお姫様が飛び出して来る。「今日はダンとお散歩行きましょうよ。アンナ。1日お天気がいいそうよ。プリシラに教えてもらったの。」
美しい笑顔でお姫様が誘う。
「……。」
頷いたアンナの表情が緩む。
お姫様の事は好きなのだ。
誕生日もお料理を用意して、自分の部屋で祝ってくれる。
返事が出来なくても話しかけてくれて、一緒に遊ぼうと誘ってくれる。
◇◇◇
「あら、今日は何のお話をしてくれるの?この前のパーティーは楽しかった?」
水晶の間では、お姫様がお友達と今日も通信している。
遠く離れていても、言語が違っても会話が出来るのでとても便利で楽しい道具。
お姫様のために用意された両親からのプレゼント。
王族としての外交に必要だからと用意された水晶玉だったらしく、お姫様はそう説明して、アンナにも触らせてくれた事があった。
冷たいのに暖かい。
お姫様の手で操作すると浮かんで出て来る色んな風景も美しかった。
ただただ楽しい時間。
お姫様が横で説明してくれるのも嬉しかった。
いつも、水晶玉を覗く時は横にお姫様がいた。お姫様だけが操作出来る水晶玉。
やがて何年かするとお姫様は大きくなり、よその星へ出かけるようになった。
水晶玉は持って行く事もあれば置いて行く事もある。
そんなお姫様が何日も帰って来ないある日、お団子頭もそのまま大きくなったアンナは掃除をしていて、大事な水晶の間に鍵がかかっていない事に気づいた。
「……。」
そばには誰もいなかった。
大きな美しい瞳は揺れていた。
アンナは使用人の仕事をしていると言っても、他の使用人から虐められたりはしていないので、多少手荒れしている程度で、着飾れば十分年頃の娘として美しい。
「……。」
どうせ触っても水晶玉は動かないはず。でももしかしたらとアンナは思った。
私だって。
声にならない思いに突き動かされるように部屋へ入り、水晶玉へ近づいた。
最初は触らずに念じてみた。
何回も何回も強く。
アンナは水晶玉の中の光が揺れて反応するように感じた。
もしかしたら私にも出来るかもしれない。
何回も横で見てたんだもの。
水晶玉に触って掃除することもあったわよね。
アンナはそっと手を伸ばす。
自分が何を望んでいたのか。
なぜ、羨んでいたのか。
この水晶玉を使えば、声なき自分でも話せるかもしれない。私の言いたい事が相手に伝わって会話が出来るかもしれない。
誰と話したい?誰に話しかけてもらいたい?
アンナの強過ぎる思いが水晶玉に流れ込む。
だって私も……。
ビキッ。ビキビキ。
その瞬間はどうなったのかわからない。
♢♢♢
「アンナ⁉︎」
痛い。痛い。
気がつくとアンナは縛られていた。
痛み以外は感じない。
「アンナ、アンナ〜。」
誰かが呼んでいる。そして泣いている。
「誰かアンナを助けて!」
お姫様が帰って来た時にアンナの姿はなく、出迎えた使用人数人がお姫様の私室にて頭を下げる。
「アンナバールは罪を犯しましたので拘束されています。」
「どういう事?アンナが何をしたの?」
お姫様はあまりの事に両手を口に当てたまま固まっている。
「水晶玉が壊れたから何だと言うの?」
「罪は罪です。姫様の水晶玉に手を振れ、勝手に使用した事は王家への反逆です。」
使用人一同が許しを乞うように頭を下げる。
◇◇◇
「どうして?アンナは悪くないわ。アンナは触っていいのよ。だってあの子は私の妹じゃない。あの子は私と同じでしょ?」
お姫様の訴えは届かない。
「ただ話せないだけでしょ?なのに、何がいけないの?お母様、アンナを助けて。どうしてなの?」
お姫様にはわからない。
母親の王妃が泣いているだけで何もしようとしない事がわからない。
「誰か助けて。お父様、アンナを牢から出してあげて。」
父親の王の事もわからない。
お姫様もアンナも同じ娘なのに。
可愛い娘なのに。
「誰か助けて。妹なのよ。私が悪かったのよ。私が持っていればこんな事にならなかったのに。ごめんなさい。ごめんなさい。アンナ。」
泣き叫ぶお姫様は自分の部屋に閉じ込められてしまって出してもらえない。嘆く以外に何が出来るのだろう。
お友達と話をしていた水晶玉も壊れてしまっていて今はない。あるのはベッドの下に入り込んでいた水晶玉のカケラ。
願いも虚しくアンナはいなくなる。
お姫様は諦めきれなかった。
「絶対に幸せになるわ。私は妹と一緒に。この水晶玉のカケラにはアンナの魂が残っているはず。だってお別れしていないんだもの。さようならって言ってないんだもの。」
食べ物も受け付けず、やつれて行くお姫様を癒してくれるものはなかった。
やがて、歩くことも出来なくなり、話す事もなくなったお姫様。誰もそんな弱り切ったお姫様が部屋を出て行くとは思わなかったはず。
「神様、私も妹の所へ連れて行って下さい。」
お姫様はフラフラの身体で湖まで辿り着いたのです。
「私はアンナを守りたかった。だって私は姉なんですもの。」
◇◇◇
お姫様は魂のカケラを頼りに今世で妹を見つけました。
家族のために必死で生きている彼女を。
彼女をすぐ近くで見守り、幸せであるように導きたい。
ピンク色は人を優しく見せてくれる。
そして、幸せな色。
妹の魂のカケラがピンク色に染まりますように。
妹が幸せであるなら私も幸せなのです。
ほら、まだ持っているんですよ。
もっともっと濃いピンク色になった時に妹へ返すのです。
幸せいっぱいの笑顔で。
私はあなたを愛していたのですよ。ずっと。
◇◇◇
ピンク色が大好きな守護龍様のお話です。