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9話 まさかのネット炎上?


──しかし、考えるとはいってもである。


オフィスで机に向き合ったところで、希美に生み出せるのは名案ではなく、唸り声だけだった。結局次の日の同じ時間、同じ場所に希美は昨日の戦闘民族スタイルで道路に立っていた。鴨志田が、日陰でカールした髪をくしゃくしゃとかきむしり、頭を垂れる構図まで全く等しい。唯一違うのは、頭に巻いた鉢巻きくらい、『必勝』と記してある。


「なぁ後輩、作戦はどうした? 受験戦争のじゃないぞ」

「今日は範囲を広げます! 商店街の端まで百往復です!」

「……効果的な作戦って言ったと思うんだけどな。いまどき精神論?」


鴨志田の言葉は、明らかに否定的なニュアンスを含んでいた。


ただ成果のほどは、やってみなくては分からない。


希美はさっそく、宣伝をしながら商店街を練り歩き始める。

とくに手応えもなく、なん往復めかと数えもしなくなったお昼時。商店街の一テナントの前で、目を奪われた。


「わ、混み合ってるなぁ」


突然、二十メートルはあろうかという行列が現れたからだ。


店名は『高松屋たかまつや』、どうやら和食屋のようだった。店舗兼用住宅らしく、なんとなく実家の木原食堂に雰囲気が似ていた。


正直、見た目では『はれるや』の方がずっと綺麗だ。それでも、この繁盛っぷりである。


ぴんときた希美は、早足で店まで戻った。

もろもろの荷物を置いたところで、


「どうした、後輩。なにかあったか」


待機室から姿を見せた鴨志田に、声をかけられた。


「商店街の奥に、すごい並んでるお店があったんです! そこなら、売上アップのヒントが掴めるかもしれないと思って!」


希美は、言いながらにして前のめりに引き返そうとする。


「待て。そうはやるなよ。俺も行く」


思わず、つまずきかけた。


「……えっと、今なんて?」


意外すぎる展開だった。

たしか鴨志田は人付き合いが悪い、とお姉様方の触れ込みがあったはずだ。実際、新部署に配属されてからも、誰も乗り気ではなさそうという理由で、懇親会などは一切開かれていない。


「なんだ、石像みたいに固まって」

「あ、いえ。てっきり鴨志田さんは、休み時間とかプライベートは、一人で過ごす派なのかと思ってました」


「大正解だ、後輩」

「じゃあなんでランチなんて」

「これも仕事の一環だからだよ。後輩が他店舗に迷惑かけて揉めたら大変だろ。ほら、早く行くぞ」


予想通りというべきか、失望したというべきか。ともかくも、心外きわまりない。


「迷惑なんてかけませんよ」

「そう言ってる奴が一番やらかすんだ」


やいのと言い合いつつ、付かず離れずで商店街を歩く。

『高松屋』に着くと、さっきより待ちが増えていた。行列は途中で折り返して、二列になっている。


「ほとんど同じ立地でこれか。つまり、立地っていう言い訳は通じないわけだ」


その最後尾に加わる。鴨志田は、品定めでもするように店をつぶさに観察していた。


「……まさかまだ責任の押し付けを疑って、ここに?」

「違うよ。だから、そう熱くなるな。阪口はたぶん白だ。あの料理は本気の味だったよ、それくらい分かるさ。ほら、前空いたぞ、後輩」


鴨志田も同じことを感じ取っていたとは、意外だった。てっきり心意気など評価しない側の人間だと思っていた。驚きつつも、希美は数歩詰める。


混み合ってはいたが、客の回転は早かった。少し待っていると、中へ呼ばれる。


店内は、こじんまりとしたスペースに席がひしめき合っていた。その間を器用に抜けて注文を取りに来たのは、可愛らしい印象の老婦人だ。


「ごめんね、あんまり人が来て忙しいから、メニューを絞らせてもらってるの」


言う通りだった。生姜焼き、唐揚げ、なす豚味噌煮、と三種類しかない。


鴨志田は、唐揚げを選んだ。希美はこうなったらと腹を括って、残り二つともを注文した。あくまで調査のためである。


「……なんですか、鴨志田さん」

「いいや。奢ってやろうと思ってたんだが、まさか二品とは」

「そういうことは早めに言ってください! それなら唐揚げも追加したのに」

「図々しいんだよ。普通減らす方だろ」


結局、二品の注文にとどめた。が、しかし、がっつりな味付けに炭水化物が止まらない。


「三升は炊いてるから、どんどん食べてね」


老婦人がこう希美を誘惑するのが余計いけなかった。


ごはんと味噌汁のお代わり無料サービスは、都合三度も利用してしまった。


希美の身体は、燃費がとにかく悪いのだ。食べても食べても燃焼してしまうので、許容量は人より多い。食べろと言われれば、まだ二食分は詰まるだろう。


味については、文句のつけようがない安定感だった。


でも、これも飛び抜けて、『はれるや』が劣っているわけではない。唯一差を感じたのは、接客スタイルの違いだ。あの老婦人の優しさが、希美の心をすっかり捉えていた。


「鴨志田さん! はれるやでも、あぁやってコミュニケーションを大事にすれば!」

「本当そのまんまの思考回路だな……。あれは本社のある店ができることじゃない。老舗だから許されるんだよ」


「でも、あぁいう関わりも大切だと思うんです!」

「そもそも店に来てもらえないのは忘れたのか」


意見がまとまる気配はなかった。そのうちに、店へと帰ってくる。


なにやらホールが異様にざわめいていた。それも客で賑わっているわけではないらしい。


「なにかあったんですか?」


希美が近くにいた店員に尋ねると、きっと睨まれる。


身に覚えがなく鴨志田を振り見るが、怪訝な顔で首を傾げていた。そんな二人の元へ、店長の阪口が重い足取りでやってくる。その手には、青色の封筒が握られていた。


はっと思わず息を呑む。


財務部だった希美は、それがなにを意味するものかを、よく知っていた。


「………もしかして、本部から警告がきましたか」

「えぇ、この売上低迷を改善できないなら数カ月後には閉店だ、と。聞いてなかったんですか」

「そんなの聞いてません……」


全くの寝耳に水だった。財務部から店舗円滑化推進部へは連絡の一つ来ていない。

鴨志田は、希美の耳にやっと入る程度の舌打ちをする。


「すいません。本部内での連携不足です。新しい部署だから、は言い訳になりませんね」


眉間にシワを刻み、唇を少し噛んでいた。さっきまでと打って変わって、表情は真剣味を帯びている。それ以上に深刻そうな顔をしていたのは、阪口だ。


「実は、それだけじゃないんです」

「というと? なんですか」


希美は、被せるように尋ねた。さらに悪い情報となると、思いつくものがない。


「SNSでうちの店が炎上してしまったようで……」

「炎上? なにが?」


阪口は、どうにも歯切れが悪かった。


希美はすぐにスマホを取り出して、SNSを開く。店名を検索にかけてみると、いくつかの呟きが簡単にヒットした。

たくさんの人に拡散されたその内容に、スライドする指がぎこちなくなる。


『勤務先が飲食店なんだけど、本部から来た人間に店が潰されそう。売り上げしか見てない傲慢な奴らめ。まだ開店一ヶ月も経ってないのに』

『本当は潰す気しかないくせに、協力する態度を取ろうとしてるのがむかつくんだ』


などなど。


全て、一つのアカウントが昨日付けで書き込んだものであった。



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