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7話 思いの感じられる唐揚げ?


「まだ責任の押し付けを疑ってるんですか、鴨志田さん」

「接客もメニューもキャンペーンも雰囲気も悪くない。そう主張してるんだ。残るものは?」


「……立地、ですか」

「そういうことを暗に言いたがってるのかもしれないだろ」


なんだか誘導尋問に乗せられた気分だ。

釈然としない。だが、鴨志田は後輩に主張を譲ってくれる気はさらさらなさそうで、空気がぱりっと膠着する。


「……手を洗ってきます」


我慢しきれず、希美は一旦席を立った。

洗面所へ向かおうと、従業員の待機室前を通る。


漏れ聞こえてきた話し声に、耳がぴくりと反応した。



「本社の人間が来てるんだってよ。店長が売上不振の相談をしたらしい」

「よっぽど一杯一杯なんですかね? それか本部のせいにするため?」

「どうせ責任なんて取ってくれないだろ。店舗は稼げないと思われたらそれまでの立場なんだ。その点、本社はいいよな、切る側に立てて。おまけに視察ついででタダ飯まで食えるんだぜ?」


聞くんじゃなかったなと思った。


察するに、もう一人の社員とアルバイトの会話だろう。本部に対する認識は、ポジティブなものではないようだ。

人によっては、敵対意識に近いものまで抱いているらしい。


たしかに売上成績次第で、店舗の継続いかんは判断される。成績が落ちたからといって、補助金が下りるわけでもない。


だからと言って、本部それすなわち悪だと決めつけられ目の敵にされるのは、少し胸が痛む。


「どうした後輩」

「ちょっと聞いてくださいよ」


希美は帰ってくるや、耳にしたことを鴨志田に伝えた。

我慢ならなかったのだ。


すると、希美とは対称的に彼はふっと鼻で笑った。

心底面白そうな顔をしている。


「店舗の人間には、俺たちみたいなペーペーから、お偉いさんまで一括りなんだな。潰す権利なんて俺たちが握ってるわけないのに」

「……笑うところありました?」


「駄菓子と高級ケーキをひとまとめにされたようなもんだ。笑うしかないだろ」


まだなにか言おうとしていたが、鴨志田はそこで口をつぐむ。ちょうど、個室のふすまが開いたのだ。


「お待たせしました。お料理、お持ちしました」


盆を片手にしていたのは阪口だった。


ランチの看板メニューである「揚げ香味野菜の出汁びたし」「野菜出汁風味の塩麹唐揚げ」だと、丁寧に説明してくれる。それが耳半分になってしまうくらいには、視覚にも嗅覚にも訴えてくるものの強い料理たちだった。出汁の匂い薫る白ご飯も、負けず劣らず存在感がある。


「写真で見るより美味しそう!」

「どうぞ、冷める前にお召し上がりください。私も同席させていただいていいですか」

「もちろんです!」


希美は、手を合わせてから箸を取る。阪口の落ち着かない視線を受けつつも、まず揚げ浸しから、一つ口にした。


あふあふと舌で転がして少し冷ます。やんわり噛むと、すぐに阪口の顔を見た。


「お野菜がすごく甘い。それに、揚げ加減もちょうどいい……。ようしゅんでます。絶妙に出汁が染みてます。これ以上火が通ると固くなるんですよね! もしかして余熱で?」

「そこまで見抜いていただけるとは。よく分かりますね」


文字通り、箸が止まらなくなる美味しさだった。すぐに口が熱いお出汁と米でいっぱいになって、うんともすんとも答えられない。


鴨志田が驚いたように目をしばたきながら、代わりに応じてくれた。


「……木原は実家が料理屋なんです。実は私の家も昔はそうだったんですが、すいません。そこまでは。ややあっさりしてますが、上品で深みのある味だ」


鴨志田の実家も料理屋だったとは知らなかった。昔は、という言い方からして今は廃業してしまったのだろうか。少し間思考がめぐるが、出汁の旨みが希美を現実へ呼び戻す。


唐揚げも絶品だった。出汁と塩麹の合わせ技で、肉の臭みが一切消えている。

ほろほろ解ける繊維の中から溢れ出す肉汁は一切の雑味なく、ダイレクトに舌を刺激した。本当にほっぺが落ちそうで、きゅっと空いた左手で吊り上げる。


「いい顔をしますね、木原様は」

「そうでしょう。うちの後輩の取り柄はそこだけですので」

「……こんな笑顔をもっと見るためにも、まだ店を畳むのは避けたいものです」


話が本題に戻るようだ。希美は、惜しさを感じつつも、一度箸を置いた。


阪口の顔をじっと見つめる。純粋に客入りを改善したいのか、責任を押しつけんとしているのか、どちらか。

簡単に見極められるほど、人間観察には長けていない。


だから、希美には一つ確実なことしか分からなかった。


いずれにせよ、この味を世の中から消してはいけないということだ。もっとたくさんの人の舌に届いて、幸せを生まなければならない料理である。


それにできれば、阪口を信じてみたくもあった。


料理の味は、作り手の腕だけではなく心も反映するのだ。強い思いを、希美は阪口の料理から感じ取っていた。


「それは絶対に回避しましょう!」


決意が、固まった瞬間だった。


「おい、後輩。ちょっと待て、話を勝手に走らせるな」

「置いてかれてるのは鴨志田さんですよ」

「……あのなぁ」


やる前から責任だなんだ、推論ばかりしていても、机の上から抜け出せない。

スタートを切らなければ、陸上では棄権扱いだ。


「うちがやったる!! 早速明日からお客様増やしにかかりましょう!」


希美は、また袖を絞りこむ。


つい、関西弁が出てしまった。敬語の時は大分出なくなってきたが、興奮した時にはまだ抜けない。



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