表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダックダイニング店舗円滑化推進部 ~料理は厨房だけでするものじゃない!~  作者: たかたちひろ@『巻き込まれ転生幼女』2/28 発売!
三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/61

56話 いつかの冷蔵庫

「一人暮らしは大丈夫やで。あとこの人は、会社の上司やから!」

「上司? どうして上司と一緒に家へ帰ってくる必要があるんだ」


考えてみれば不自然な話だが、複雑な事情まで全て説明すると長くなる。

答えあぐねていたら、


「出張ついでですよ。なにもありませんから、ご心配なく」


鴨志田が仮面の笑顔で微笑む。


とっさにそれらしい理由が浮かぶあたり、鴨志田らしい。


美菜は、その美貌に分かりやすく顔を火照らせていた。あとで現実を教えてやる必要があるかもしれない。


「うちのこともそうやけど、お店はどうなん?」


希美は、話題を変える。


すると、木原家三人が口々に喋りだした。店は、美菜が仕切って回すようになったのが一番大きな変化らしい。家については、風呂場が壊れたついでに、一部をリフォームをしたのが一番のニュースだとか。どちらも、そう大きなものでもない。


「うちの部屋は? 荷物おきにしちゃった?」

「そのままにしてあるわよ。整理しないで出ていったでしょ、希美」

「……あー、そうやっけ」


いらないものまで掘り起こしたくなかったから、一人暮らしの部屋にあるものは、ほとんど東京で買い揃えたのだった。


「ちょっと片付けてきなさい。……あ、でももしかして次の予定がありますか?」


一言目は希美に向けて、残りは鴨志田に、母が遠慮がちに問う。


「いいえ、そう急ぎではありませんよ。その間ここで待たせてもらいますね」

「はい。ぜひ、なんでも食べていってください。娘がお世話になってますから無料で出しますよ」

「いえ、そこまで世話になれませんよ」


三人に愛嬌を振りまいてから、鴨志田の表情は真剣みを帯びる。


「行ってこいよ。後輩が一人で行くべき場所だろ」

「はい。じゃあすぐ戻りますから」


一言断って、希美は軋む通用口のドア奥へと足を向けた。


従業員待機室を抜けると、玄関で靴を脱ぐ。足が震えていることに気がついたのは、その時だった。過去へ置き去りにしてきた自分と対面するのは、かなり勇気がいる。


でも、鴨志田がここまでお膳立ててくれたのだ。一人じゃないと思えば、部屋へはすんなりと入室できた。

埃っぽい空気を浴びて、数年前と変わらないレイアウトを見る。ただ一つ、けれど大きな違いがあった。


「…………これ、うちの冷蔵庫……!」


越谷の家とは大違い、使い古されたものだった。


パン屋のポイントシールがじかに貼ってあり、猫のマグネットが付いている。間違いなく、それは希美が高校生の頃に愛用していたものだ。


とっくに捨てられたと思っていた。


希美はタイムスリップでもした気分で、扉へ触れる。そこで色々と記憶が蘇って、学習机の本棚に手を伸ばした。その一角は、料理関係のもので固められていた。レシピ本や教則本の間、そこに、あるノートを埋めていたのだ。


自作のレシピ本である。


いつか自分の料理を店で出すために、こそこそ書き綴ったものだった。


「なにこれ、丸パクリやん。こっちなんか、絶対まずいし」


捲ってみると、ひどい出来だ。


商品企画部に提出したら、仲川にまず跳ね除けられる。


けれど、希美の夢が全部、一つのレシピごとに詰められていた。


たっぷり時間をかけて、最後のページにたどり着く。そこには、将来の夢を描いていたのだった。


『料理でみんなを笑顔に! 誰かの幸せを作れるように』と。


裏表紙に、ぽとりと涙が落ちた。それをきっかけに嗚咽を漏らして泣いてしまう。


今の現状は、十七の希美が思い描いていた未来ではたぶんない。

だから、夢破れたものだと思っていた。


でも、本当はまだ同じ夢を追っていた。


希美は今も、まさにその目標のために働いている。涙が止まりそうになかった。文字が読めなくなったらいけない。ノートを閉じて、顔を袖で拭う。


じぃ、と冷蔵庫が音を立てたのに気づいた。


根元を見れば、コンセントに接続されている。


不思議に思って、戸を開ける。中には、卵や野菜、肉などたくさんの具材が詰まっていたではないか。


驚きつつレンコンに貼られたメモ紙を手に取ると、『ひき肉のはさみ揚げ 美菜』こう書かれていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ