55話 二人で実家へ!?
「い、嫌です! どんな顔して帰れと?」
「そのまんまの顔でいいだろ」
「私、家飛び出したくせに、まだ何にもできてないんです。せめて今回の企画が終わってからなら、少しは顔が立つかもしれないですけど……」
こう口ごもる希美に、鴨志田は優しげに頬を緩めて、諭すかのように言う。
「後輩は、そんなもののためにスーパーバイザーしたがってたのか? 違うんじゃないの」
「……違います。お店のためです」
「だろ? 料理屋ってのは表向きは華やかに見えるけど、現実はそこまで甘いものじゃない。どれだけ笑顔で接客してても、裏ではシビアに売上を計算し、場合によっては閉店とだって向き合わなきゃいけない。
それを支えるのが俺たちだ。ダックダイニングの場合、少し特殊だけどな」
希美は、ゆっくり時間をかけて頷いた。
この三ヶ月間に起きた様々な事件を思い出せば、希美の肩にかかる重みを改めて実感する。
「だからこそ、それを支える側の俺たちが半端な状態で臨んじゃいけないんだ」
「……私、そんなつもりは全然」
「誰より本気だってのは知ってるよ。でも、その状態じゃ、いざという時に動けなくなる。実家に帰ったからってトラウマが克服できるかは知らない。ただ今みたいに無理に明るく振る舞って逃げてるだけじゃ、なにも進まないんじゃないの」
はっと、させられた。
自分でも薄々気づいていたが、人に言われるのとは大きく違う。逃げているだけでは、いつまでも欲しいものに手が届かない。
希美の顔色に真剣みがさすのを見てから、鴨志田は続ける。
「本当に無理な話なら謝る。これから東京に戻ったっていい。あとは後輩が決めるんだ。自分で」
どうぞとばかり、腕を裏返してナビを指した。希美は万感の思いを込めて、それを操作する。
震える手で打ち込んだ住所は、
「よし、じゃあ行こうか。次のサービスエリアで東京土産でも買って」
「……はいっ! 浜松のうなぎパイも、名古屋のおしるこサンドも忘れません!」
兵庫県西宮市。所要時間には、七時間と記されていた。




