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5話 とにかく足! まずは現場へ!

「要望書が届きましたよっ! 初の店舗さんからの依頼です!」


希美は、意気揚々と店舗円滑化推進部へ帰る。


部員三人がこちらに注目するのを待ったあと、デスクに封筒をでんと置いた。興奮して握り締めたせいか、少しよれている。


「んー、あんまり厄介なのは困るなぁ」

「大丈夫ですよ、早川部長。どうせ悪戯とかじゃないです?」

「……それよりなにより。手紙くらい落ち着いて運べよ、後輩」


三人から返ってきたのは、希美が期待していた反応ではなかった。

早川部長、佐野課長はあからさまに嫌そうな顔をする。唯一、鴨志田は不快そうな表情でこそなかったが、あっけらかんとしていた。


「すいません、興奮してしまって。でも大丈夫です、中身はここにあるので!」

「なに、もう開けてたの。どこで開けたんだよ」

「エレベーターの中です!」


ほんの少しの距離を我慢しきれなかった。なにせ待ちに待っていたのだ。諦め半分と言いつつ、裏を返せばそれは期待半分だった。


そんな希美に呆れたのか、鴨志田は深いため息をつく。


「で。要望の内容は見たのか」

「はい。大体ですけど。売り上げが思ったより伸びていないんだそうです。努力はしてるけど、お客さんが捕まらないと」


この時点で、役職者二人はすっかり興味を失ったようだった。


「どこの店舗も努力はしてるだろうに」「そんなの本部に経営不振の押し付けをしたいだけじゃない」


二人示し合わせたかのごとく、自席に戻ってしまう。

それを止めるだけの理由は見つけられず、希美は言葉を飲み込んだ。


「……で、送り主は?」


話を聞いてくれそうなのは、鴨志田だけだった。決して乗り気というわけでもなさそうだが、門前払いでないだけいい。


希美は封筒を裏返して、下部に書いてある住所を読み上げる。


東京都葛飾区金町。番地に至る前に、希美は気がついた。それは鴨志田も同じのようだ。眉を歪ませ、顔をしかめている。


「なるほどな。たしかにこれは、課長が言うように責任の押し付けかもしれない」

「えっ、どうしてそんなことが分かるんですか」

「ここは開店二週間の新店なのは知ってるよな」

「はい、もちろん! 少しおしゃれな和食を提供する店だって聞いてます」


たしか店名は「創作和食ダイニング・はれるや」。厳選した食材を利用していて、こだわりは、なにより出汁だそう。


いつか個人的に訪れようと画策していた店舗だ。金町には、学生時代の友人も勤めている。彼女をディナーに誘うことまで、心の中では決めていた。


「そんなお店がどうして責任の押し付けになるんです? それに、まだこれからじゃないですか。こんな早くに、ただの文句なんて考えづらいと思います」

「だからだよ。最初にコケた時は、そもそも本部の企画のせいだ、としやすいんだ。まぁ実際に本部が悪い場合もあるんだけどな」


鴨志田は一つ息をついて、手紙を拾い上げる。


「うちは、大手のように一つのブランドを育てる方式を取ってないだろ? 新店舗を作るたびにコンセプトから場所から用意できるものは一通りそろえた上で、店主を募集してる」

「そのコンセプトに基づいて、店舗が運営をするんですよね。宣伝からメニュー作成まで、自由度が高いって聞いてます。強制力があるのは、フェアの料理くらいだって」


この方針を自主性溢れると称賛すべきか、無責任な放任だと非難されるべきかは、希美の知るところではない。


「最初、開店したては、お客様が店を選ぶのは、雰囲気やコンセプトであることが多い。いくらネットがあるとはいえ、実際の味については分かりようがないからな。でも、二回目以降はどうだ」

「味とか接客で決まる?」


「正解。つまり、店側の問題になる。だから、苦情をつけるには初めが最適な時期なんだ」

なるほど、鴨志田の意見はもっともだった。やる気には欠けるが、仕事ができないわけではないらしい。

「でも、苦情じゃないことだってあるんじゃ」


「もちろん。それは問題の蓋を開けてみないとわからない」

えぇっと、つまり……? これら諸々の事情を勘案するならどうするべきか。


希美は、眉間にしわを蓄える。そして数秒後、くわっと眦を決した。


「つまり開けるなんて馬鹿なことをしなければ、いらんカロリーも使わないし、問題にも」

「そうとなれば、店に行って話を聞いてきます!」


とにかく脚を使おう! 速さだけは自信があるのだ。


希美は、袖口をきゅいっと握りしめる。

なぜか、ため息が三つ重なった。



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