表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダックダイニング店舗円滑化推進部 ~料理は厨房だけでするものじゃない!~  作者: たかたちひろ@『巻き込まれ転生幼女』2/28 発売!
三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/61

43話 鴨志田の過去

「希美さん。蓮とは仲良くやってるの?」


どうにか、できる彼女を演じ切るしかなさそうだ。


「は、はい! 清く正しく健全なお付き合いをさせてもらってます!」

「うふふ、それはよかった。あの子、素直じゃないから分かりにくいけど、いい子だから、見捨てないであげてね」

「そ、そんな、私が捨てられないかなってくらいで」


夫人は、希美の小皿に肉や野菜をバランスよくよそってくれる。


「蓮にとっては、あなたが初めての彼女だから。ま、我慢できなくなったら、その時はスカッと振ってやりなさい」


皿を渡してくれながら、彼女は悪戯っぽく笑った。


意外な話だった。

希美は、年上に混じって世間話を交わす鴨志田を見る。


あれだけ外面がよければ、数十人は誑し込んでいてもおかしくないのに。

まぁ鴨志田の場合、人間関係さえ面倒がりそうではあるが。


さすがに夫人の手前、欲望のまま肉に食らいつくわけにはいかない。


お淑やかにと、まず、ほうれん草のお浸しをいただく。茹で加減が絶妙で、しゃくしゃくした音も、歯触りも抜群によかった。


けれど、もっとも印象に残ったのはその後味だ。。


「コクがありますね、このお醤油」

「さすが蓮の彼女ね。これは再仕込み醤油を使ってるんです。ちょっと普通より熟成期間が長いんです。うちの人が料理人だった頃のお気に入りなの」


どうりで旨味が強いわけだ。そして、こだわりが伝わってくる。


そこから話は、にわかに料理談義へと展開した。

おかげさまで緊張がほぐれてくると、気になり始めたことがあった。


「そういえば、息子さんでもあるんですよね? 孫養子だって聞いてます」

「えぇ、そうよ。でも税金対策じゃないの。あの子の両親は、幼い頃に交通事故で早死にしちゃったから、うちの人が引き取ったんです」

「えっ、あの、すいません……」

「蓮ってば話してなかったのね。いいのよ、そんなの。あなたは蓮の大事な子なんだからむしろ知っててほしいくらい」


そもそも、それが嘘なのだ。


いよいよ見破られるわけにはいかなくなった。

希美はきゅっと肩をすぼめ、真っ赤な絹の袖を、さすがに控えめに握る。


聞いていいのかと言う葛藤はあったが、気にならないわけがなかった。


「亡くなったのは蓮が七歳の頃よ。だから蓮にとっては、私たちが親みたいなものね。でも、うまく親をできてたかって言われたら、どうなのかしら。時期の問題もあったから」

「……なにか問題が?」


「息子を亡くした夫は、身を粉にして仕事に打ち込むようになってね。そこで支店経営を始める案が持ち上がって、毎日深夜まで仕事にかかりきり。私もその頃は現場に出てたから。蓮は一人でお留守番ってことが多かったの」


ぽつんと、リビングに座る鴨志田少年が希美の脳裏に浮かぶ。


親を失って、迎えられた家でも一人。

年老いた父と子のやりとりは、たまの『天天』での食事会くらいだったと言う。


「放っておいたら、クッキーばっかり食べてねぇ。今思えば、そうして寂しさを紛らしてたのかもしれないわね」


その姿は、今も変わっていない。


彼から漂う謎の哀愁は、そんな過去の孤独が原点にあったのだろうか。


夫人は、過ぎた日々を悼むように声を詰める。

「それから店はどんどん大きくなって、私は引退したけど……。もうその頃には、蓮は大人になってた。頭だけよくなって、捻くれちゃったままね。大学生になったら、あっさり家をでていっちゃった。もう帰ってこないかと思ったわ」


鴨志田は仕送りをも拒んだのだと言う。


だが、会長が「孫が貧乏だと印象が悪い」と無理にでも送りつけたので、大学時代には口座を通してのやりとりだけが続いたそう。


「あれ、でも今は……」

「うん。社会人になる頃に、急に顔を出してね。ダッグダイニングで働くって」

「なんのきっかけもなく、ですか」


「そうなの、意外だったわ。蓮ったら、変に打算的なところがあるから、その方が楽だと思ったのかしらね」

「たしかに、かなり手抜きがちではありますけど……」


「でしょう? それを分かってかはしらないけど、うちの人も一つ返事で認めたの。勝手にすればいいって」

「優しさ、なんでしょうか」


罪滅ぼしかとも思ったが、口にするのは憚られた。


「ううん。経営者として跡取りがいるってところは見せないとダメだから、だそうよ」



実際は、より酷なものだった。


その言い方では、まるで道具扱いだ。


鴨志田が『会長』と呼ぶ理由が分かったかもしれない。彼にとっても、あくまで雇い主でしかないわけだ。


「あの人、昔気質ではあるけど、いい旦那なのよ。でも蓮に対してはいつも厳しいの。経営者と親、二つの道を一緒には歩けなかったのかしらね」


夫人は、物憂げにお猪口をくいっと煽る。


どうもお酒に弱いのは家系のようだ。

少し時間が経つと、目が真っ赤に充血していた。


「ごめんなさいね、あなたが来てくれたのが嬉しくて、つい飲みすぎちゃったわ。ホスト側なのによくないわね」


夫人はまったりと机に伏せる。希美は、その肘が届かないだろう範囲に、お冷やを置いた。


「希美さんが優しい子で安心したわ。蓮は、お金だけはある、いびつな環境で育ってきたから。早く人並みの幸せを掴んで欲しかったの」


母としての愛が零れる。


けれど、希美は本当の彼女ではない。


心が痛んで、白状しようかと思いかけるが、夫人はもう立ち上がっていた。会長のそばまでいくと、二言三言交わして、居間を後にする。部屋で休むつもりなのだろう。


入れ替わりに、鴨志田が希美の元へとやってきた。


「そろそろいくぞ、後輩」

「えーっと……?」

「なんのためにここに来たんだ。会長を説得するためだろ」


そうだった、と希美は手を打った。


代役彼女は、あくまでもついでだった。話が濃かっただけに、てっきり本題だと思いかけていた。


会長は、常に周りを参加者に囲まれていた。彼も、妻と同じくほろ酔い加減のようだ。

大口を開けて笑っている。


「会長は酒が入ると陽気になる。仏頂面の時よかチャンスありそうだろ?」

「……鴨志田さんらしい作戦です」


こすいとも思ったが、さっきの話を思えば、そうとも言い切れなかった。


親子でなく、一社員として経営者と対峙するなら、相手に隙がある方がいい。


結果、門前払いを食らうだけだったのだが。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ