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42話 鴨志田の実家へ

その足で、今度こそ車は鴨志田の実家へとさらに西へ走った。


「着いたぞ、ここが実家だ」


場所は、井の頭公園のすぐそば、いわゆる高級住宅地の中だった。


吉祥寺駅からもほど近い。

前に鴨志田が『イタリアンレストラン・フィオーレ』から徒歩で家へ帰ろうとしていたのは本当だったのだ、と今さらにして思った。


降りてみると、まず庭木たちに目を引かれる。

他にも緑が多くあしらわれ、それらが丁寧に手入れされていた。


門の奥へと進めば、枕木のアプローチが玄関まで続いていた。予習してきたマナー一覧表を思い出しながら、中へと上げてもらう。


かなり広く間取りの取られた客間の和室では、もう数人が縦に長い座卓を囲んでいた。


ひと目見て、肩書きのついた人ばかりなのだろうと分かった。

恐縮しつつ、鴨志田と同じように振る舞い、末席に正座をする。


「固すぎだ。もう少し肩の力抜けよ」


肩をいからせていたら、鴨志田が耳元で囁いた。


「で、でもこの雰囲気じゃあ……。どういう方がたなんです? 親戚って感じじゃないですよね」

「広く言ったら、会社の関係者だよ。株主とかお得意様とかマスコミとか、界隈では名の知れてる人たちだ。前に『はれるや』の炎上を鎮めた時も、この人たちに助けてもらった」


「あの時の……。でも、そんな人たちをお家に招いて、って珍しいですね」

「こういう定例の会食は、普通は店でやるからな。でも、会長は自分で作りたがるから」

「えっ、じゃあ手料理……?」

「そんなレベルのものじゃないけどな」


噂話をしていたら、ちょうどその人が現れた。

居合わせた全員が立ち上がったのだから間違いない。


「今日はお忙しい中、集まりいただきありがとうございます」


鴨志田聡名誉会長だ。


自分の勤める会社のトップのさらに上の存在とはいえ、会うのは初めてだった。


和服に白髭を蓄えた立派な居住まいに、希美は唾を飲み込む。

鴨志田を振り仰げば、その目からは温度が失われていた。


鼻筋など顔立ちには近いものがあるけれど、祖父と孫の関係には全く見えない。


少なくとも、希美の経験してきた温かいものとは全く別のようだ。


夫人がその脇で皿を抱えているのが目に入り、希美は配膳やお酌を手伝う。用意が済むと、形式的な挨拶とともに静かに乾杯が行われ、宴席が始まった。


豪華絢爛な料理たちだった。プロが作るものとも大差ないクオリティである。

だが食欲はそそられても、マナーを気にすれば気軽に手はつけられない。


希美は鴨志田の一挙一動を観察する。


「見すぎ。不自然だ。とりあえず箸待て。いるものあったら取ってやるから。食べたいものあるか?」

「じ、じゃあローストビーフと牛ヒレ肉を……」

「お前すげぇな、その縮こまり具合でそれかよ」


まごまごとやっていたら、


「さっきは配膳を手伝っていて。ありがとうございます」


横手から、通りのいい涼やかな声がした。清潔な笑顔に、希美の背筋は伸びあがる。


こちらの夫人は、纏う雰囲気が彼とよく似ていた。


「蓮の祖母です。あなたが彼女さんね?」


淀みない瞳が希美を射る。なんでもお見通しといった風に思えて、


「えっと、は、はい! 私、木原希美と言います」


危うく首を横へ振りかけたが、どうにか取り繕った。

隣から鴨志田が首を覗かせる。


「あんまり希美を脅かさないでくれよ」

「そんなつもりはありません。ただやっと蓮が結婚相手候補を連れてきてくれるようになったと思うと嬉しくてね」

「気が早いっての。希美とは付き合いだしたばかりだから」


心臓に悪い親子の会話だった。

名前で呼ばれたうえ、『未来のお嫁さん』扱いだ。処理しきれず頭が沸騰しそうになる。


と、そこへ鴨志田に出席者から声がかかった。


不安そうに希美を見やりつつ、頼みの綱が行ってしまった。


ついに夫人と二人きりになる。


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