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41話 正装とお気に入り

  三


約束の日曜日、希美はほとんど微睡むこともできないまま、朝を迎えていた。


早いリズムを刻む鼓動は、太陽が昇っても昨夜から変わらない。

深呼吸をしても、すぐに元へと戻ってしまう。


「なんでこんなことになるんやっ!!」


辛抱しきれず叫ぶと、きゅーちゃんを起こしてしまった。


羽をばたつかせる彼を宥めてから、化粧室へと向かう。


緊張の理由は、名誉会長に会うからではない。


安請け合いをした、鴨志田の頼みごとによるものだ。

まさか次は自分がおめかしをすることになるとは考えもしなかった。


洗面台の前、鏡の中に映る自分と睨み合いをする。クマを消してメイクを施し、ネットの見様見真似でヘアアレンジを決めた。


精一杯だったのだが、似合っていない気がして落ち着かない。

細かく弄っていたら、あっという間に時間が来ていた。



焦って玄関を出る。


駐車場には白のベンツが一台止まっていて、辺りの住宅地から見事に浮いていた。

少しは希美の努力を褒めてくれるかしら。ドキドキしつつ、車に乗せてもらう。


「……礼装をしてくれ、って頼んだよな」


まず浴びせられたのは、どよんと淀んだ目線だった。


「はい、だから私なりに頑張ったんですけど……だめでしたか?」

「俺は、ドレスって意味で言ったんだよ。どこに、彼氏の家でやる会食にスーツで来る奴がいるんだ。これから就活か?」

「えぇ、ドレスなんて持ってませんよ!」


声がひっくり返る。鴨志田は、おかしそうに口に手を当てた。


「……ま、いつもの後輩も落ち着くけど。せっかく可愛くしてんのにもったいない」

「えっ、今なんて」

「なんでもない。俺の彼女なんだろ、今日は。言うなれば社交辞令だ。ちょっと寄り道するからもう行くぞ」


希美がシートベルトをはめた途端、アクセルが踏まれる。


お世辞なら、最後まで本音は明かさないでほしかった。

それに、もう少し丁寧に接してくれてもいい。


仮にも恋人同士なのだ。

本当の、カッコカリであるが。


「それにしても、意外にいいところありますよね、鴨志田さんも」

「どういう意味だ。意外に、ってのが余計だっつの」


「意外ですよ。彼女のふりをしてほしい、なんて鴨志田さんの口から一番出なさそうですもん。それもおばぁちゃんを心配させないためなんですよね?」

「口うるさいからな、毎度。後輩を会に連れて行くいい口実にもなる」


会長に会う代わりに、と鴨志田が出した条件がこれだった。

代役彼女。頼まれたときは、聞き違えたかと二度尋ね直したほどだ。


彼女役が、希美でいいのかという問題もあった。


鴨志田ならば、そんな時に協力してくれる女性の一人や二人いそうなものだ。

だが、それでは嘘っぽくなってしまうのだと言う。


「……あれ、ということは、私なら本当の恋人同士っぽく振る舞えるってことですか?」

「遠慮なく物を言えるってことだ」

「もしかして男だと思ってます? 私、一応女の子ですからねっ!」

「ちゃんと女の子だろ。知ってるよ」


車は首都高へと乗り、スピードを上げる。ほとんど揺れのない安全運転だった。


昨夜から気を張り詰め続けていたせいか、ここへきて眠気に襲われる。


目を覚ました時には、もう車は止まっていた。まぶたを擦りつつ下りると、すぐに洋服店へと連れて行かれる。


ぼけっとしているうちに、


「…………なんやこれ」


煌びやかにドレスアップされていた。


姿見に写るは薄ピンクのロングプリーツを着て、お嬢様然とした自分だ。


背後には、着付けを手伝ってくれた店員さんが控えている。


「お似合いですよ、とても」


これこそお世辞じゃなかろうか。

なんて思っていたら、


「じゃあ彼氏さんにご覧いただきますね」


試着室のレースが開かれる。そこに、鴨志田が立っていた。


黙したまま、全身を何往復も見つめてくるので、必死に意識を店内の壁へ逸らす。


「……な、なんですか」

「いいんじゃないか? 眠り姫が見違えたな、と思って」

「ほんま、ろくなこと言わん!!」

「あ、馬鹿、殴るな。せっかくのドレスがもう縒れるぞ」


ふふっ、と店員が微笑ましげに希美たちを眺める。

本物のカップルだと、信じてやまないといった様子だ。


「どうされますか? こちらでしたら、彼女様のイメージにも合うかと」


面倒だからだろう、鴨志田も否定はしなかった。

まぁ、あえて言うほどのことでもないのは確かだ。耐性がないので、関係なく照れてはしまうが。


「そうですね、俺もよく似合ってると思います。後輩はどうだ?」

「えっと……」


基本的に服には無頓着な人間だ。


個人的な好みは赤系色、というぐらいしか答えられない。判断基準はといえば、なにをおいても価格だ。


希美は、裾の端にくくられた値札を見てみる。

全ての眠気が一気に消え飛んだ。二桁万円はくだらない。


「で、どうだ?」

「あの、これは素敵ですけど素敵すぎるというか……身の丈的にどうかなぁみたいな」


波風の立たない断り文句を探していたら、


「すいません。じゃあ、これ買います。あぁ、そのまま着ていきます」


鴨志田の財布から、カードが出てくるのが先だった。

居酒屋の割り勘とはわけが違う。払いますよ、などとは口が裂けても言えない。


「あんまり気にすんなよ。俺の頼みごとの一環だと思ってくれ」

「……そういう範疇です? これ」

「リクルートスーツなんて着てたら、会食の端にも預けてもらえないっつの。まぁ気に入らないなら、終わったら返してくれればいいさ」


鴨志田は、余裕綽々といった様子だった。


御曹司の金銭感覚は、浮世離れしているようだ。

さらには、靴やバッグといった小物類も見繕ってもらいセットで購入する。


「時計も買えばよかったのに。Gショックだけ浮いてないか?」

「えっと、そこまではお願いできません。これ、お気に入りですしドレスで見えませんし!」


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