27話 デートに誘ったわけじゃない。
五
余計なものは削ぎ落としてしまって、シンプルに。
そうして取れる戦略など、残すは一つしかなかった。
翌日、希美は三度、仲川のデスク前を訪れていた。
そもそも事件が起きようとしている根本の原因は、フェア企画自体にある。
これを覆してしまえば、店舗だってクーデターのような真似はしないはずだ。そしてそのためには、結局この人を籠絡するしかない。
「今度はなんの用ですか」
仲川部長は既に煎餅を手に握っていた。追い返す気満々と見えるが、そうはいくまい。
「もう企画は動き出していますが、木原さんはそれをご存じですか?」
「もちろん! だからここに来たんです」
「……全く要領を得ませんね」
前回同様、部署全体が不穏な空気に包まれていくのは肌で感じられた。
恵子が心配そうに両手を結んでいるのが視界に入ったので、希美はにっと笑ってみせた。
改めて、仲川へ正対する。
「今日はお誘いがあってきたんです」
「……お誘い?」
「はい! よかったら今夜、私とご飯食べにいきませんか?」
背後で、かなり大きな音が立った。
書類が崩れ去るような音だ。それも一つや二つではなく、部屋の至るところから多発的に聞こえてきた。
「……なにを言ってるんです?」
「そのまんまの意味です。ここじゃできないお話なので、ご飯にいきましょう! 個室を予約しますから」
そして、いよいよ大雪崩れである。
もはや部長デスク周辺が舞台の上と化していた。聴衆になった部員たちの、「二人で!?」「狭い空間に!?」なんて声がエスカレートしていく。
さすがに事態を重く見たようだ。仲川は咳払いを一つ、立ち上がる。やはり迫力があった。無言でいるだけで、空気を静まりかえらせてしまった。それでも希美は目を離さない。
身体が触れてしまいそうなほどの近距離に立って、数秒、視線だけでやり合う。仲川は、ふいとそっぽを向いた。
やはり無謀だっただろうか。そう思いかけたところへ、
「……いいでしょう。少しであれば」
ごくごく小さな声での返事があった。
「ありがとうございますっ! では後ほど!」
今日一番のざわめきが、社内を駆け抜けた。
こうならないように、仲川は声を抑えていたのかもしれない、とは後から気付いた。




