26話 シンプルに!
「どんな話ですか。まさかまた炎上ですか!?」
「いやいや、違います。でも、もしかしたらもっと大変なことになるかもしれません」
阪口はそこで言葉を切ると、後ろ手に扉を閉めて中へ入る。
「実は取材されるイタリアンを扱う店舗のことなんですが」
二人に顔を近づけ、声をひそめた。
「どうやらそこの店主が、今回のフェア商品を快く思っていないようでして。生放送本番に、商品を提供しないつもりでいるとかなんとか」
「……えっ。じゃあせっかく来てもらうのを追い返すってことですか」
「はい。人様に出せる味じゃないと、大げさに理由をつけるつもりだそうです。それが適当な商品を押し付けてくる本部への批判になるだろう、と」
なんとまぁ大胆な行動である。そして、大ごとに発展しそうな話だ。
生放送でそんなことをされれば、世間全体に社の悪いイメージが広がってしまう。
ネットよりも、よっぽど信頼度が高い媒体だけにタチが悪い。希美がその計画に唖然としていたら、鴨志田は青い息をついて頭を抱える。どうしてこうなるんだか、と呆れ声が漏れた。
「本社の信用失墜じゃ済まないな、これは。下手したら、これから先ずっと『本部VS店舗』の構造が根づいちまう」
「えっ、そんなことになったら」
「理想の正反対だ。本当は本部と店舗が取り合った時に強い推進力が生まれるってのに」
反目しあえば、それだけ無駄な力を割かねばならなくなって営業に支障が出るのは、希美にも直感的に理解できた。
「……こうしちゃいられません。すぐにその店舗さんに掛け合いましょう!」
思わず前のめりになったところ、鴨志田にでこを二本指で突かれる。
まじっと、湿っぽい目が希美を捉えた。
「引いてくれると思うか? 生放送でそこまでやろうと思うからにはかなりの覚悟をしてるんだ。それに、売れてないものを人気商品として紹介させるなんて真似、後輩にはできないだろ」
「……それはそうですけど」
全く隙のない意見だった。希美は引き下がって、壁にもたれかかる。
そもそも悪いのは、めちゃくちゃな商品を店舗に強制している本部側だ。
売れないフェア商品は、店にとってみれば足枷に近い。
それを外すよう抵抗するのは、なにら間違った行為ではない。
「お二人さん。今聞いたことは、できればその店舗には内密に願えませんか。話が漏れたとなれば、犯人探しが始まってしまいます。店舗同士、横の繋がりもありますので……」
阪口は肩身が狭そうに、少し縮こまる。
ますますできることではなくなった。店舗側の人間にも関わらず、こうして情報を提供してくれたのだ。その恩を仇で返すわけにもいかない。
なにか別の手はないかと、溶け始めるパフェを前に希美は頭を悩ませる。どうやらかなり深刻に見えたようだ。
「あまり考えすぎてもよくありませんよ」
阪口は空になった皿を下げていきながら、苦労の滲んだ顔を少し緩める。
「こう言う時はシンプルに考える方がうまくいくものです。まぁ五十路の戯言ですが」
「そういうものですか……」
「はい、経験上。期待していますよ、お二人ならきっとできます。では、私は仕事が残っていますのでここで失礼いたします」
立ち上がって、席を後にした。たった一言で、やってやれる気がしてくるのだから希美は単純だ。勢いのままに、パフェグラスの首を引っ掴む。
「……おいそれ食える代物かよ」
鴨志田の珍妙なものを見る目にさらされながら、半液状となっていたパフェを喉奥へかきこんだ。
和洋が渾然一体となったそれは、例えようのない複雑な味がした。新しい領域に踏み込んでしまっている。
けれど、グラスと同様に頭は空っぽになった。
「鴨志田さん、なにか飲み物をください! ……できるだけ早く!」
「おい吐くなよここで」
面倒くさいなと言いつつも、鴨志田はすぐに湯呑みに茶を注いでくれた。
おかげで、胃まで空っぽになる惨事は避けることができた。




