24話 先輩のおごり
四
結局、希美の努力は実らなかった。
二週間後の五月下旬、フェア企画は、そのまま実現に至っていた。
大々的に告知がなされ、社内各所にも「さくらんぼフェア」のポスターが貼り出される。店舗円滑化推進部の執務室内にも、忌々しい団子パフェが大きく飾られていた。
希美はつい剥がしてやりたい衝動に駆られる。一枚くらい、と魔が刺しかけた時、手がほんの軽くはたき落とされた。
「そんなことしてもなにも変わらないぞ、後輩」
ビニール袋を提げた、鴨志田だった。
「……分かってますよ」
希美は大人しく自席へと戻る。ちょうど昼休憩の時間だった。上席たちが戻ってきているわけもなく、室内は鴨志田と二人だ。いつもならば、彼が一番最後に帰ってくるのだが、
「お気に入りの店が閉まってたんだ。臨時休業だとよ」
こういうわけらしい。
「それでコンビニですか」
「あぁ、惣菜パン。そういう後輩は?」
「これからどこかに行きます! パンにも、ゼリー飲料にも頼りません!」
希美は力強く言って、ビジネストートを漁る。すぐあと、あれぇと情けない声をあげていた。荷物を全部出してみても、財布がない。そういえば、昨日の夜に外食をしたまま、私用のカバンに入れっぱなしにしていたのだった。
「なんだ一文なしか。食べるかー、ツナマヨパン」
鴨志田は半笑いで、四つ入りのパン袋を揺らす。
ぐぎゅううぅ、と凹んだお腹が渦巻いた。誤魔化しが効く余地もない。
「……ください」
「正直でよろしい。パンもゼリーもバカにするもんじゃないぞ。企業による努力努力の末に作られてんだから」
希美は、渡してもらった丸パンを見つめる。
大口を開けて塊ごと詰め込むと、たしかに美味しい。生地の甘さといい、ツナマヨの程よいしょっぱさといい、これが四個でワンコインならかなりのコスパである。
「ま、企業努力じゃなく、昇進努力によってる会社もあるがな。全くどこの会社なんだか」
自分の会社ですよ。こう言おうとしたが、口が開けない。懸命に噛み進めて、
「さっき、例のパフェの日次売上推移を見たんだ」
希美はパンをごくんと一飲みにした。
「……どうなってましたか?」
口より早いと思ったか、鴨志田はPCを開く。電源コードを抜いて、膝上に置いた。
映されていたのは、店舗からの報告を元に、日々財務部が作成している商品別売上管理表だ。新たにパンを咥えつつ画面を見れば、結果は一目瞭然だった。
「跳ねたのは話題性で売れた初日だけ。そこからは、不味いとネットで悪評が瞬く間に広がって」
折れ線グラフは、地を這うような位置で、小さな上下を繰り返している。
「あまりに売上が悪いから、今度、お昼のテレビ生放送で取り上げてもらうらしい。タレントに無理に美味いって言わせるんだと」
「……そんなに不味いんですかね?」
「食べに行ってみるか、今夜」
「えっ。でも私、お財布なくて」
「……出してやるよ。他のもんも適当に食べればいいだろ、適当な量だぞ」
その言葉を聞いた途端、希美の瞳に星が宿った。




