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21話 部署限定の独裁的ルール

「とにかくお話はしましたので!」


せめてもの一撃、希美は念を押す。反撃があるかと備えるが、


「えぇ話は伺いました。ご苦労様です。よければ、これでも持って帰ってください」


言葉のパンチではなく、なぜか煎餅を貰ってしまった。なんの脈絡も、気遣うような笑顔もなく、手元にはどう見ても薄焼き煎餅である。


……なんなの、全く。


行きと帰りとで同じ感想を抱きながら、希美は商品企画部を去る。もしかしてなんらかの仕返しの一環なのだろうか。山葵でも練りこまれていたりして。


エレベーターを待ちつつ、疑いの目で煎餅をしげしげ見つめていたから、


「希美ちゃん、ちょっと待って!」


その声に気づいたのは、少し遅れてからだった。声の主は、腕をちょこちょこ振りながら駆け寄ってくる。茶色のミディアムヘアを外に跳ねさせた、上背のない女の子だ。


そんなまるで中学生のような外見だが、彼女の年齢は二十六。


「えっ、ここの部署やったんや!」


櫻井さくらい恵子けいこ、希美の数少ない同期の一人である。浪人をしているので、年齢はむしろ希美の一つ上だ。


「そう~、今年から配属変わったの。まだ慣れないよ~……ってそうじゃなくてね! 部長のことで希美ちゃんに謝りにきたんだ」

「へっ? どうして恵子が?」

「部署を代表して、だよ。仲川部長、いつもあぁやって他部署の人を攻め立てちゃうから、代わりに誰かが謝ることになってるの」


なんたるルールだろう。希美は、独自の掟のへんてこさに、少し愕然とする。

その隙に、ごめんなさい、と代理謝罪をされてしまった。どうも釈然としない。


「いつもあぁいう感じなん? 仲川部長って」

「……まぁ、うん。大体そうだね。上にはイエスマンで、逆に下にはイエスしか言わせないんだ」

「……イエスに取り憑かれてんなぁ」

「本当にね。希美ちゃんが話してたフェアの件だって、そう。部署のみんなが微妙だって思ってるんだけど、あれは上の意見を全部拾った結果だからとにかく通すんだって部長が」


あのデタラメな組み合わせの原因はそれか、と希美は思う。


揉めただろう上層部の方向性が叩き直されず、そのまま反映されていたわけだ。


「なんとかならへんかなぁ」

「うーん……私もなにか協力できたらいいんだけど」


エレベーターホールに、二人分の煮え切らない唸り声が篭る。


それを裂いたのは、五階です、という電子音だった。一度くらい逃してもいい。希美はそう思ったのだが、恵子は「そろそろ戻らなきゃ」と執務室の方を気にする。


「あんまり離席してると怒られるの。時間計ってるって話もあるから」

「えっ、ごめん! それなら早く戻りなよ!」

「ううん、大丈夫。ありがとう。またね、希美ちゃん」


やや駆け足で帰っていく恵子を不安に思いつつ見送りながら、希美は空のエレベーターへ乗り込んだ。


そこまで厳しい部署があるとは知らなかった。

人によっては、かなり心にダメージを負うのではないか。軽いカルチャーショックを受けつつ、希美は自分の執務室に入る。空気の抜け具合に、別会社に来たのかと錯覚してしまった。これはこれで、希美の心はささくれる。


「で、どうだった? 分かったろ、理由が」


鴨志田はいつものごとく、クッキーをつまんで横目を希美に向ける。


「……よく分かりましたよ」

「ならよかった。無駄なエネルギー費やすだけだから、あんまり刺激するなよ」


刺激と聞いて、謎に貰ってしまった煎餅の存在を思い出した。小さく砕いてから、恐々口にしてみる。


なんのことはない。シンプルな醤油味で、単に出来のいい一枚だった。


思えば、最近は和菓子だらけだ。家でも、実家から送られてきた水まんじゅうの消費に追われている。


「……食べかけの煎餅と交換なんてしないぞ」

そんなつもりで見たわけではないのだが、鴨志田にもクッキーを貰ってしまった。

「俺は塩っぽいお菓子は得意じゃないんだ。塩クッキーは許せない」


仲川とは性格も真逆なら、菓子の趣味もそうらしい。



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