表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/61

17話 よくやったんじゃないか。

今日、金町で宣伝をすることは、町案内のお礼とともに事前に伝えてあった。来てくれるだけでもありがたいのに、同僚の方々をも連れてきてくれたともなれば、感無量である。


つい抱きしめると、春香は希美の肩を叩いて、ギブアップを表す。


「ほな、さっそくお店行ってもえぇ?」

「もちろん! では、案内しますね!」


希美は、ご一行を店舗まで誘導した。

玄関口で、お客様いらっしゃいました! と、声を張り上げる。すると、


「いらっしゃいませ!」


息の合った挨拶が返ってくる。


「希美、にやけてるよ」

「し、仕方ないやん! 嬉しいんやもん」


希美はわざと、きりっとした顔を作って見せた。けれど、


「へぇ。ま、たしかにあんだけ格好いい人が先輩なら嬉しいわな。やっぱりおるやん!」


春香が悪戯っぽい声でこう囁くので、すぐに崩れた。


ない、ない。


みんな鴨志田に夢を見過ぎなのだ。職場でクッキーを貪り食う姿を見ればなんていうか。


下手に突っ込まれたくない。

感想教えてね、とだけ押しつけ、希美はまた宣伝へ戻った。


そこからも順調に客足は増え続け、ランチタイムの終わった午後二時半。希美にとっての二度目の合格発表は、またしても阪口の顔で分かった。ぱっと見の「黙して語る職人」といった印象とは違い、分かりやすい。


「売上ですが、いつもの五倍になりました。本当に、ありがとうございます」


希美は快哉をあげたくなって、目をぎゅっと瞑る。開けたところで、鴨志田の目が「絶対するな」「無駄なカロリーが」と釘を刺すかのごとくしかめられるのを見た。


希美も社会人である。一度はやめようかと思うのだが、


「やったーーー!!」


結局Vサインを掲げた。

鴨志田は、うるさいと肩を小突いてくる。そのやりとりを見て、阪口はくすっと吹き出していた。


「好きなだけ騒いでください。ほんと、なにからなにまで木原さんのおかげですから」

「そんな。ここのご飯が美味しいからですよ!」

「いやいや、それも慢心だったんです。出汁の風味のこと、昨日、あなたに言われなければ気づかなかった」

「……すいません、直前に味の調整なんてお願いしてしまって」


 思い返せば、かなり失礼だ。『はれるや』にとって心臓たる、出汁に突然ケチをつけたのだから。

『味が薄い』、と。


 ただ、それがリピートを阻んでいる可能性は高かった。京都出身の阪口や、希美にとってちょうどいい塩梅の味は、ここ関東では薄味になってしまう。


その証拠に、卓上の調味料の中で、醤油ボトルの減りだけが、やけに早かったのだ。


「ご指摘いただき、ありがとうございました。……それから、まだ感謝しなくてはいけないことがあります」

「えっ私、他にもなにかしましたか」

「はい。……また食べたい、とそう言ってくださいました。だから、諦めたくないと思えたんです。やっぱり誰かの笑顔のために料理を作り続けたい、と」


阪口は、柔和な笑みを浮かべる。


伝わっていてよかった。希美が心をいっぱいにしていると、彼はゆっくりと腰を上げた。


「お腹が空いたでしょう? ご馳走させてください」


言葉の礼なんて不要なくらいの、素晴らしいランチになった。

なんとなく帰りがたい中、惜しみつつ店を後にする。


「これで売上が軌道に乗ってくれればいいんですけど」


希美は最後、表札を振り返った。店の中からは、笑い声が漏れ出している。


「まぁあの雰囲気ならそこまで心配しなくとも大丈夫だろうよ。本当に閉店目前の店ってのは、空気からして淀んでるからな」


それはそれとして、と鴨志田が話を切り替える。


「後輩、もう少しエコに生きたらどうだ。見てるだけで俺の生気まですり減る」

「余計なお世話ですよ。どうせ私は二十年ものの軽自動車です」


「いい例えだな、よく言い表せてる。…………まぁその、なんだ。とりあえずお疲れ様。よくやったんじゃないか」

「えぇと……?」


不意に、ぽんと頭に手が置かれる。

くしゃっと髪を丸められて、最後に一つ撫でられた。褒められたと分かるまで、五秒弱を要した。


鴨志田は、希美のリアクションなど気にしていないようだ。先々行って、商店街の人波へ紛れていく。


「なんなんですか。待ってくださいよ!」


ほんのり頬が熱くなっていたが、認めたくなかった。


それもこれも、春香が変なこと言うせいだ。一瞬、鴨志田の背中が男らしく見えたのも、きっとそのせいに違いない。


自分にそう言い聞かせてから、希美はその影を追った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ