14話 私がまた食べたいから、閉店させない。
六
「無駄よ、そんなことしたって。もう遅いの」
週明け。
希美は、佐野課長の実に冷ややかな目線に晒されながらも、新たな策への準備を始めた。
いたずらに宣伝をするだけではない。お客様へ店をアピールするためには、知ってもらうには、なにをどうすればいいか。
閃きだけに終わらせず、考え抜いた末の行動だった。
希美には、もう一本の道が見えていたのだ。スターターピストルは既に鳴り響いた。こうなったら、トラックの外の声はガヤでしかない。
「悪くないんじゃないの」
それに、背中を押してくれる人もいた。鴨志田である。
たぶん彼の心は絶縁体で覆われているのだ。希美の情熱は一切伝導していないようで、鉄面皮を貫いてはいたが、作業は手伝ってくれた。
そうして準備が整ってから、希美は阪口に電話をかける。
「……なんのご用でしょうか」
声からして、まだ落ち込んでいるようだった。
当たり前だ、土日と過ごしたところで、気など休まるわけもない。
「明日、お店に伺わせてほしくて」
「もうその話は」
さっそく否定の文言が飛び出かける。希美は、それをほとんど聞かずして遮った。
「ご飯、とっても美味しかったです。揚げ浸しも唐揚げも最高でした」
「……今さら何を」
「単に、私がまた食べたいんです。違う料理だって、色々食べてみたい。もっと『はれるや』を知りたいんです。だから、どうか諦めないでくれませんか」
お願いします、と。希美は祈るように受話器を握りしめる。
どうして潰れてほしくないと思うのだろう。今日一日、作業をしながらずっと考えていた。阪口の努力を知ったから、初めての依頼だから。色々理由はある。
でも、突き詰めて残ったのは、一人の客としての素直な思いだった。
ただのわがままかもしれない。でもだからこそ、そこに嘘は一滴たりとて混じっていない。きっとそれは、阪口が『はれるや』にかける思いと同じように。
数秒、間が空く。
切られたかと思って確認しかけたところ、
「……では明日、お待ちしています」
果たしてそれは届いたようだった。希美は、すぐに受話器に耳に当て直す。
「ありがとうございます! では早速、一つやってほしいことがあるのですが」
「どういったことでしょうか」
「……お出汁のことです」




