13話 解決への抜け道。
「おーい、希美? 聞いてる?」
名前を呼ばれて、はっとした。いつの間にか俯いていた頭を首根っこから引き上げる。
「あぁ、うん! あの定食屋の話やんね」
「そうそう。高松屋な。あそこのご飯食べたら、あたし色々西宮でのこと思い出しちゃってさぁ。はっきりいうと、泣いてもうたんよ。そしたらおばぁちゃんが一生懸命慰めてくれてな。これ食いや、って笑顔で、ご飯よそってくれたんよ。そのとき思ってん。あぁ、東京にもちゃんと人が生きてるんやーって。一人じゃないんやって思ったら、気持ちがえらい楽になった。で、ちょっと視界広げてみたら下町だけあって人情味溢れる町なんよ、これが」
「……アットホームって感じ?」
「そう! な、西宮に近いやろ? 西宮は、あたしのホームやから、雰囲気関係なくアットホームや」
少しいい話だと思って聞いていたのに、着地したのは、思いがけず、くだらないシャレだった。してやったり。そう言わんばかりに、春香はにっかり白い歯を見せて笑う。
とにかく話にオチをつける。捨てたなんていうのは、早とちりだった。
やっぱり彼女は関西人だ。
「なぁ希美は連続になるけど、昼ごはん高松屋で食べへん? 話してたら食べたくなってもうた。今日はあたしの町紹介やし。希美のお店は、また今度ってことで」
「えぇよ、うちも聞いてたら行きたなったし」
希美は、真っ茶色の唐揚げと、こんもり盛られた白ごはんを思い浮かべて唾を飲む。昨日食いそびれたのは、今日のためだったのかもしれない。
予想通り、高松屋では、米祭りになってしまった。
おかずが昨日より一品少ない分、茶碗四杯ずつを二人こぞって掻きこむ。食べ終わる頃には、春香が仕事に戻る時間になっていた。
「五限の体育思い出すな~」
「ほら、春香! 遅れるよ!」
「バカ陸上部め! 体力って上限あるの知らないの?」
お腹が痛いと、まごつく春香をせっつき、やや小走り気味に工場の前まで並走する。
「どう、大変身でしょ」
「ほんと。さっきまでへばってたギャルとは思えない。格好いい」
「うるさいなぁ、ただ格好いいって褒めてよ」
一目、ばっちり決まった春香の作業着姿を目に収めてから、希美は駅へ戻ることにした。
一人になって改めて町を見渡すと、まるで世界が更新されたかのような心地がする。
見慣れてきたと思ったばかりだが、本当に表面しか見えていなかったようだ。春香が見た目には、工場勤務だと分からないのと同じである。
たかが四日間、外から訪問しただけの人間には、町の表層しか見えていなかった。春香に教えてもらわなければ、来週になっても気づかなかっただろう。
『はれるや』にしたってそうだ。足を運んでもらえないなら、中のことなど分かってもらえるはずがない。思いっきり壁に行きあたったところで、
「…………そっか、教えてあげればいいんだ」
隣に抜け道が見つかった。
ちょうど駅への裏道に差し掛かったところだった。小さな日だまりができている中、希美は足を止める。全てを解決する閃きが、降りてきていたかもしれなかった。
ぐんと心が突き上げてくる。上昇気流に任せるまま、意味なく駅まで駆けた。




