お姫様抱っこ
紗良が立ち上がろうとすると、激痛が走る。足取りが乱れ、よろめく。腰へ伸びた、<彼>の手に支えられ、間一髪、転倒は免れた。
「僕の首の後ろに、手を回して」
<彼>は、紗良が立てないから、担ごうとしているだけ。他意は無いと判断し、命令に従う。
膝の裏側と背中を引き寄せるように抱きかかえられ、お姫様だっこと称される状態になる。
絵本で見たことがあるから、知ってはいるけれど、実際にされるのは初めて。しかし、思い描いていた理想とは異なり、頭の中は恥じらいで飽和する。
紗良が、最も懸念していること。
「重くないかしら?」
太っているわけではない。けれど、四十一キロの質量は、軽いとは言えない。
お風呂に入ったばかりだから、汚くはないとは思うけれど――気になり始めたら止まらない。
<彼>が何を、どう感じているか、紗良にはわからない。悪い印象を抱かれないかと、不安になる。
「全然。天使を独り占め出来て、幸せだよ」
「『幸せ』と云ってもらえて良かった……あ、声に出ちゃった。じゃなくて、恥ずかしげもなく、よくそんな台詞を吐けるわね! 誰にでも云っているのかしら?」
「ツンデレか。本当にそう思ってるから、言っただけ。今言わないと、もう言える機会は無いだろ。誰にでもは、言わないよ」
無意識に、涙が紗良の頬を濡らす。
「失ってしまった機会は、二度と取り戻せないものね……」
紗良自身を諫めるように、声が漏れ落ちる。目の前にある機会を大切にするのは至極当然。そうあるべきと、自戒する。