相反×欲求
学校で話し掛けられる可能性を、限界まで削ぎ落とす。
登校時刻は始業直前。授業の合間は突っ伏し、昼食は一人で食べる。放課後は、足早に学校を出る。
〝私を避けている〟と認識されるよりも、一切の接点を持たず、印象に残らない存在であり続ける方が、穏やかに過ごせる。
同性との接触は、この方法で回避出来ている。けれど、異性に対する効果は薄いように感じる。
紗良の欠陥を見透かしているかのように、言葉巧みに近付いてきて、付き纏われる。
どれだけ罵詈雑言を浴びせても、そんなことは覚えていないと云わんばかりに、何度でも接触してくる。
それどころか、全く気にしない様子で、いけしゃあしゃあと、相談に乗ろうとする始末。
『悩みがあるなら聞くよ』
（その台詞を吐かないで！）
心の中でいくら叫ぼうと、紗良は心情を吐露してしまう。口から、溜め込んでいる鬱憤が、堰を切ったように溢れ出す。
本来の紗良は、感情豊かなタイプ。普段誰にも見せない表情を、態度を、眼前の彼に曝け出す。
同級生といえど、善人ばかりではない。弱味に漬け込む人も居る。それを紗良は受け入れてしまう。
紗良には抑制出来ないこの行動を、何度も、何度も繰り返してきた。こうなってしまうとわかっているから、嫌なのだ。
紗良の葛藤は、いつも矛盾している。放っておいて――構って。話し掛けないで――話を聞いて。
言葉では嫌がりながらも、心の中では助けを求める。
願望が相反しているのだから、結果がどうなろうと構わない。紗良は高揚すると、感情と行動を抑制出来なくなる。
全ての結果は、紗良が望んでいるものだから、厳密には、抑制出来ないというよりは、欲求に従っているだけ。
それにより、幾度となく惨事を引き起こしたことは、紛れもない事実。後悔しているし、後悔していない――矛盾しているけれど、どちらも嘘ではない。
破滅に至るとしても、抗わず、仕方ないと受け入れる。紗良がどう足掻こうと、何もかもを受け入れ続け、死ぬまで生き続けるだけの人生であることに変わりは無い。
高揚中、身体を乗っ取られているわけではないし、記憶は鮮明に残っている。幸せな一時を忘れるはずがない。その一時だけ、欲望に身を委ね、何にも囚われず、快楽に溺れられる。
時折、快楽を得たくなり、わざと暴走させる暴挙に走る。紗良にとっては、自慰のようなもの。特別な意図は無い。
暴走した紗良は、熱しやすく冷めやすい。欲望に対してだけ、制御が効かなくなる都合の良い状態ではなく、嫌悪、憎悪、憤怒、不満、不安――負の感情の増幅も、際限がなくなる。何でも受け入れるのと対になる、過敏な拒絶反応も示す。
紗良の特性は他にもある。例えば、すぐに人を信じること。厳密に分類すると、裏切られても信じ続ける類いではなく、信じている限り疑わないというもの。
信じるか、無関心の二種だけがあり、半信半疑の状態は存在しない。少しでも不審だと引っ掛かったり、一度信用を裏切られると、二度と信じることは無い。
紗良は、疑わない体質を、欠点とは思っていないし、信じられない方が嫌。けれど、誰彼構わず無条件に信じ、抑制が効かなくなることへの対策を講じなければ、いつか身を滅ぼす――紗良に、破滅願望は無い。相応の、危機感は抱いている。だから、未然に打てる手は、打とうと考える。
紗良自身を客観的に分析する。紗良を高揚させる欲求には、必ず対になる、負の要素があることが鍵。
構われたい――対になる、構われたくないと強く感じるようになる事象は、相手が紗良の話を聞いていないこと。それを認識した瞬間、高揚した気持ちは際限無く冷え続け、紗良は相手に無関心になる。相手の存在を認識しなくなり、必然的に、関係は終焉を迎える。
今までに相談した相手の言動を振り返る。悩みを打ち明けた際、悩みと容姿を天秤に掛けて話をする人が多かった。けれど、紗良が人間関係を構築出来ないことと、容姿には因果関係が無い。
このとき、紗良が容姿について一言も触れていない確証があるなら――相手には紗良の話を聞く意思が無いと見極められる。
高揚中の紗良は、感覚過敏。容姿に関する発言が出た瞬間、興醒めし、冷酷無残になった紗良は、引導を渡す。
他には無いか――無責任に投げられた実現不可能な言葉。『大切にする』『幸せにする』『ずっと一緒に居たい』――定型文のような、数多の妄言が脳裏を過ぎり、万感胸に迫る。
近い将来、必ず訪れる別れについて悩む紗良に対し、何故、このような実情を全く考慮しない暴言を吐くことが出来るのか。言葉のやり取りをしていると思っていたのは、紗良だけだと痛感する。
まるで話を聞く価値が無い――存在価値が無いと宣告されているようで、心が締め付けられる。
