第1章 第8話 大切
「……なぁ姉ちゃん。少しいいかな」
「いいけどごはん食べながらでいい?」
子犬から巫子が俺の過去の出来事と関係しているかもしれないという噂を聞いた日の翌朝。昨夜さんざん悩んだ結果、俺は訊いてみることにした。両親が死んだ時が今の俺と同い年。一番苦労したであろう姉ちゃんに。
「もしさ……父さんたちを殺した犯人が近くにいるってわかったら……姉ちゃんはどうする?」
「ん? 普通に警察に通報するけど」
「そうじゃなくて……ちょっとでも新しい情報が得られるかもしれないって噂を聞いたなら……姉ちゃんなら……行動するかなって……」
「んー……しないかな。今を生きることで精一杯! 噂程度で振り回されてちゃキリないって。それにもうあれから10年。いつまでも気にしててもしょうがないしさ」
姉ちゃんは焼いてもいないパンを胃に押し込みながら、本当に何も思ってなさそうな顔でそう答えた。
「なに? そういう噂聞いたの?」
「まぁ少し……学校で……」
「噂はあくまで噂だって。それに10年前の噂だよ? 絶対にでまかせだもん。そんなこと気にしてる暇あったら勉強してな」
「うん……そうだね……」
その通りだ。その通りでは……あるんだけれど……。
「ごちそうさま! じゃあ私仕事行ってくるね!」
姉ちゃんが慌ただしく身支度をし、バタバタと音を立てながら出ていこうとする。その背中を見て、俺は言わざるを得なかった。
「……姉ちゃんもう今年で27だろ……。そろそろ結婚とかしなくていいのかよ……。もし俺たちが理由なら……!」
「私がモテないのは史郎たちのせいじゃない! 普通にモテないんだって! 良い人ができたら普通に結婚するよ」
「……俺たちが大学を卒業するまで待ったら……35歳とかだろ……。犯人が見つかれば賠償金だって払ってもらえる! そしたら姉ちゃんだってもっと自分のために……!」
「……はぁ。だからさ、何度も言ってるでしょ」
既に靴を履いていた姉ちゃんがわざわざ戻ってきて、俺の頭を撫でた。
「史郎たちが幸せになってくれるのが私の幸せなの。だから私のことなんて気にしないで。史郎が大切にしなきゃいけないのは子犬ちゃんでしょ? 本当に……大丈夫だから……ね?」
「……うん。ありがとう」
最後に笑うと、姉ちゃんは今度こそ仕事に出かけた。……言えるわけがない。いじめられていることも。子犬に浮気されていることも。姉ちゃんに言えるわけがない。
「……おねぇはああ言ってるけどさ」
姉ちゃんが家を出たところで、ずっと黙ってパンを食べていた俺の妹、詩歌が口を開いた。
「やっぱりおねぇが一番おかあさんたちのこと気にしてると思う。詩歌たちと違って、おねぇはちゃんとおかあさんたちのこと、覚えてるから」
「それは……俺もわかってるよ」
両親が殺された時、俺は小学1年生。3歳下の詩歌は幼稚園生だった。だからほとんど覚えていないんだ。母さんや父さんとの思い出は。でも姉ちゃんは違う。俺たちの何倍も辛いはずだ。
「詩歌は正直今さら犯人が捕まっても……たぶんそんな、何も思わないと思う」
「…………」
「でもおねぇが犯人を殺したいって言うのなら、詩歌は協力するよ。たとえそれが間違っていたとしても」
「…………」
詩歌も食事を終え、家を出ていく。俺は……どうする。今日巫子は仕事で学校にいない。だから学校に行かない方がいいと止められている。
それはいい。それはいいんだ。姉ちゃんに伝わらなければ、何でも。でも学校を休んだら俺は……。
「……もしもし。2年A組の猪野です」
悩んだ末、俺は電話をかけていた。学校を休むために。
「少し体調が悪いので休ませてもらってもいいですか」
「ああ。ちゃんと病院行けよ」
電話に出た担任は俺の体調不良に何の関心も示さずそれだけ言って電話を切った。そして俺は誰にもつながっていない電話に告げる。
「はい……行きますよ。病院に」
巫子の実家は病院だそうだ。俺は聞かなきゃいけない。それが嘘でも本当でも。姉ちゃんに伝えても伝えなくても。もし巫子の家が両親の殺害に関わっているのなら……。
「復讐する相手が……増えるかもな……」
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