第1章 第7話 信じるべきは
「史郎くん、一緒に帰ろ?」
帰りのホームルームが終わると真っ先に子犬がそう言ってくっついてきた。
「ああ……そうだな」
巫子は仕事があると言って5限終わりに早抜けした。だから猿原たちに見つからないよう早めに帰るべき。それを思うと子犬を置いて走り去りたかったが、子犬の勢いに押されて2人で帰ることとなった。
「ねぇ……いつ杜松さんと仲良くなったの?」
昇降口にあるゴミ箱の裏に隠しておいた靴を拾っていると、やはりというかそのことを訊ねてきた。
「別に仲良くはないよ。向こうが勝手にくっついてくるだけで」
「いつも言ってるよね。史郎くんわかりやすいって。それが嘘だってことくらいわかるよ。だってわたし、史郎くんの彼女だもん」
早歩きで校舎を出る俺と、歩幅が小さいせいで軽く走りながらじゃないとついてこれない子犬。校門を出たところで歩を緩め、子犬の横に並ぶ。
「別に嘘じゃないんだけどな。俺の彼女は子犬だけだよ」
「じゃあなんで……あんなにアピールしてくるの? 片想い……ってレベルじゃないよね」
子犬は俺をわかりやすいと言う。俺から言わせてもらえばそれはお互い様だ。子犬だって非常にわかりやすい。具体的に言えば嘘をつく時、強がる時。背伸びをして、少しでも身体を大きく見せる癖がある。
「……子犬が浮気してるのを見たから、じゃないかな」
子犬の足が止まった。そして背伸びを、してしまった。
「……史郎くんはその話を信じてるの」
表情は怒っている、ように見える。
「彼女のわたしより、そんな見ず知らずの人の話を信じるんだ。史郎くんは、そういう人なんだ」
……なぁ子犬。どうして嘘をついているんだ。何を隠しているんだ。俺の何を裏切っているんだ。
「……別に信じてはないよ。ただそう言われただけ。俺が子犬を信じないわけないだろ」
これ以上子犬の顔を見ていたら本気で問い詰めそうだったので、それだけ言って再び歩き出す。
「よかった。わたしを信じてくれるんだね」
子犬も俺の後を追い隣に並んだ。不思議な感覚だ。昨日のこの時間まで何よりも信じていた相手の言葉を一つも信じられないなんて。そして向こうも、同じことを考えているなんて。お互いを信じられないのに何がカップルだ。そしてそれが言えないのが、何よりももどかしい。
「……史郎くん。10年前に起きた殺人事件を知ってる?」
「殺人事件なんて1年もあれば何度も起きてるだろ」
「じゃあ3人の子どもたちが公園で遊んでいる間に家に押し入ってきた何者かに夫婦が殺害され、犯人がまだ見つかっていない事件、って言えばいいかな」
「おい。怒るぞ」
こればかりは嘘をつけなかった。ごまかせられなかった。その話を出されて、冷静でいられるはずがなかった。
「ごめんね、史郎くん。史郎くんを傷つけるつもりはないの。でも……言っておかなきゃいけないことがあるから」
「……その話に俺たち以上に詳しい奴がいるわけないだろ。今さら10年前の話なんてしたくないんだよ」
「じゃあこれは知ってる? 史郎くんのご両親が殺害されたその直後。杜松さんの両親が離婚した話を」
「……は?」
今度は俺の足が止まった。そして止まった俺の正面に立ち、子犬は見上げながら言う。
「やっぱ知らなかったんだね。もっと早く言えばよかった」
「ちょっと待てよ……どうしてここで巫子の話が出てくるんだ。巫子が何か関係してるのか!?」
「さぁ……そこまではわからないよ。でもわたしと杜松さん、同じ小学校で同じクラスだったから覚えてるんだ。だって杜松さん、いじめられてたから。史郎くんのご両親を殺害したのは、杜松さんのお父さんなんじゃないかって」
「そんな話……信じられるわけ……」
「うん確かに覚えてる。なんで杜松さんの苗字変わったの? ってお母さんに聞いてごまかされた記憶あるから。ねぇ知ってる? 杜松さんの新しいお父さん、個人病院やってるんだって。もし殺したのが本当なら、夫が殺人をして1年も経たない内にそんな良い人と結婚するなんて杜松さんのお母さんやり手だね」
「……でもそれは全部、噂だろ。たまたま時期が被っただけで……」
「そう。噂だよ。わたしが浮気してるってのと同じね」
「……もっと知ってること教えろ。他に何か知ってるなら……!」
「これ以上は秘密。噂なんかで杜松さんに迷惑かけたら悪いからね」
子犬は俺が伸ばした手をすらりと避け、笑った。
「でも忘れないでね? 史郎くんの彼女はわたしだけ。他の女のことなんて考えなくていいんだよ?」
そう微笑む子犬の瞳は、薄暗く輝いていた。
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