第4章 第10話 半年後
「主文。被告人を死刑に処する」
裁判長からそう判決が下されたのは、杜松道彦が逮捕されてから約半年。翌年の3月のことだった。
「おねぇ……」
「……まだ一審だから」
傍聴席でその判決を聞いていた姉ちゃんと詩歌が手をつなぐ。その膝の上には両親の遺影が笑っていた。
「……まぁ何度裁判しても結果は変わらないだろうけどね」
そうボソリと漏らしたのは俺の隣に座る巫子だ。姉ちゃんたちと同じように膝の上に母親の遺影を乗せているが、その持ち方は2人と違ってひどく適当だ。裁判が始まる前にパフォーマンスだと言っていたが、本当にその通りなのだろう。
「いやだ、いやだ、いやだぁあぁぁあああぁぁぁああぁぁっ!」
惨めなほど喚き散らしながら杜松道彦が引きずられていく。その視線が俺と重なった。だがパフォーマンスは俺も同じだ。わざわざ裁判なんてしなくても結果はわかりきっていた。それに俺の復讐はもう終えている。だから俺は病院で見せたあいつの瞳のように、心底どうでもよさげな目で哀れな死刑囚を見送った。
「じゃあ、帰ろうか」
3人にそう促し、俺たちも退場する。裁判所の外に出ると10や20じゃきかないほどの取材班に取り囲まれた。これも慣れたものだ。俺は姉ちゃんと巫子を前に出し、詩歌と一緒に遠くに離れる。
事件の後姉ちゃんは仕事を辞めた。パワハラを受けていたらしいし実は給料も少なかったから、というのもあるが、姉ちゃんに新しい仕事が舞い込んできたのだ。
それはエッセイ本の出版。馬場さん経由で出版社から受けた話を、姉ちゃんは二つ返事で引き受けた。俺や詩歌は知らなかったんだ。姉ちゃんの夢を。小説家になりたかったという夢を。
金はいくらでも何とでもなった。俺がせしめた3億円もあるし、あいつが医者なおかげで慰謝料もかなりもらえる算段だ。まぁ被害者があまりにも多いので他の遺族の取り分も考えて多少は辞退させてもらったが。
そうそう姉ちゃんの出版の話。当然エッセイなので夢とは少し違うが、これをきっかけにしてゆくゆくは、ということらしい。そして何よりも、姉ちゃんは言っていた。
「これで史郎と詩歌も、お母さんたちのことがわかるでしょ?」と。
「詩歌、受験は?」
「んー、まぁ後1年あるし大丈夫でしょ。おにぃは?」
「俺も別に問題はないな」
姉ちゃんの人生は大きく変わったが、俺と詩歌に変化はあまりない。元々姉ちゃんのおかげで2人とも勉強はできていたからだ。金のことを心配しなくてよくなったので多少志望校のレベルは上がったが、いきなり友だちができるわけでもない。明確ないじめこそなくなったが、今度は腫物扱いされるようになった。まぁあんなイカレ野郎とぶつかった後だ。どんな奴でも怖くないが。一番変わったのはやはり、あいつだろう。
「しろーーーーーーーーっ!」
子どものような大声を出し、巫子が抱きついてきた。慌てて取材陣に目を向けるが、もうほとんど姿は見えない。取材が終われば後は興味なしということか。それでも。
「おい、外ではやめろって言ってるだろ」
「えー? いいじゃんいいじゃんいいじゃん! だってみこ、ずっと史郎と一緒にいたいんだもんっ」
1年前では想像もできなかった笑顔で俺へと頬ずりする巫子。そう。めちゃくちゃ幼児退行しているのだ。
いや、幼児退行と言うより元々幼児だったと言う方が正しいか。今までの巫子の全ては演技。内面は小学1年生のまま、思考まで全て杜松道彦へ復讐するための仮面で覆ってきた。それが必要なくなったら、こうである。振れ幅が大きすぎて申し訳ないが少し引き気味だ。
素が維持できているのは、巫子が女優を休業しているおかげでもある。事実だけを述べたら、父親が殺人鬼だったんだ。事件発覚後かなりのニュースになったが、さすがの巫子。早々に土下座までして謝罪することにより批判を避け、仕事を完全ストップ。女子高生がそこまでしたのと、事件直後巫子を批判した芸能人が引くほど叩かれたのもあり、今では巫子の復帰を待ち望む声しかない。さっきも久々のテレビ出演。SNSを見ればきっとトレンドに入っていることだろう。
「それにみこ、もう女優なんてやるつもりないんだから! 何したって自由でしょ?」
そしてこれである。元々巫子が女優をやっていたのは演技を学ぶため。こうなるのは自然だが、そうは問屋が卸さないのが社会だ。
「巫子が休業して事務所やばいんだろ? 復帰しないとみんなに迷惑がかかる。卯月にもだ」
抜けた巫子の枠を埋めるように卯月が台頭。演技の役割こそ違うが、世間に求められているのは演技がきちんとできる女子高生女優というのもある。今では俺もほとんど会えないほど忙しいようだ。
「ぶー。でもみこほんとに今が幸せなんだけどなー。史郎とずっと一緒にいられるんだもん。そのために10年間がんばってきたんだよ?」
「一応一人暮らしっていう設定だろ……ちゃんと守れよ」
母親と父親を同時に失った巫子。女優で稼いだ金で一人暮らしをしている、という設定で学校には通してあるが、実際は俺の家で四人で暮らしている。だからもうほんとずっと、これである。俺だけ記憶を失っていて申し訳ないが、この生活本当に慣れない。緊張する。
「おまたせー」
最後の取材にまできちんと応えていた姉ちゃんが帰ってきた。ということは、俺も行かなければならない。
「巫子、どうする?」
「……私も行かないとでしょ。あの子のためにも」
巫子もうっかり演技が出てしまうほど緊張しているようだ。本当は裁判なんてどうでもよかった。俺にとって杜松道彦はそれほど重要ではない。だって物語の始まりは、これだったんだから。
「じゃあ俺たち、子犬に会ってくるから」
何の因果か本日は、子犬が女子少年院から出所してくる日でもあった。




