第4章 第4話 死
「聞いてると思うけど……みこと史郎は幼馴染。ちっちゃい頃はずっと一緒にいた」
ベッドに横になり、遠い目をしながら語り始める巫子。その表情はこの状況とは正反対な、とても晴れやかなものだった。
「あの日もそうだった。10年前……みこは史郎の家に遊びにいった。でもお姉さんや詩歌ちゃんと一緒に公園にいるって聞かされて、リビングで待つことにしたんだ。別にいつも通りだった。普通の、日常。おばさんと一緒にお歌を歌って、おじさんと一緒にゲームをして待っていた」
そして、出会ったのだろう。今の父親に。
「インターホンが鳴って、みことおじさんが迎えにいった。扉を開けると知らないおじさんがいた。誰だろうと思っている内に、おじさんが包丁で切りつけられた」
今まで被り続けていた仮面を脱ぎ去った巫子の瞳に涙が浮かぶ。
「おじさんはみこを守ってくれた。みこを抱きかかえて、リビングまで連れてきてくれた。そこが限界だった。みこをおばさんに託した後、倒れた。その背中は血と傷で、溢れていた」
想像する。記憶にない、父親の顔を。笑う俺を肩車して心配そうな顔をしている、写真でしか見たことのない父さんの姿を。
「おばさんがみこを引っ張ってくれた。その時のみこは何も考えることができなかった。ただおばさんの『逃げて』っていう悲鳴に従ってリビングから庭に出た。一人になっていて、振り返った。みこを守るように腕を広げているおばさんが、床に倒れた。そしてあいつと目が合った。何も考えていなさそうな、私のお父さんと」
想像する。記憶にない、母親の顔を。撮られているのに子どもたちの顔を優しく見つめている、写真でしか見たことのない母さんの姿を。
「急いで家に帰って、お母さんに言った。それからはよく覚えてない。覚えているのはみこのことを忘れている史郎の顔と、パパが家から出ていったこと。そしておばさんたちを殺したあいつがみこの父親になったことだけ」
気づけば巫子の顔はぐしゃぐしゃに濡れていた。それでも話し続ける。蛇口が壊れた水道のように。
「お母さんには言えなかった。証拠がなかったし、殺されるかと思ったから。言われなかったけど、現場を見てしまったみこを監視するためにお母さんと結婚したのは明白だったから。それからみこは女優になりたいってお母さんに頼み込んだ。自己顕示欲の強かったお母さんは驚くほど簡単に養成所に入れてくれた。しばらくして芸能事務所にも入った」
その時の巫子を知る馬場さんは言っていた。今にも人を殺しそうな顔をしていたと。
「どうしても隠さなきゃならなかった。あの時のみこじゃ無理だったから。あいつを殺すことは、子どものみこじゃ無理だったから。時間が経つにつれ増していく殺意を演技で隠し続けてきた」
卯月は言っていた。巫子にやる気はなかったと。初めから女優になるつもりなんてなかったんだ。ただ演技を学べればそれでよかったんだ。
「殺意を隠しながら生活している内に気づいた。大人の男を殺すのは、女じゃ難しいってことに。寝込みを襲えば殺せたかもしれない。でも、殺せないかもしれない。絶対に殺したかった。確実に殺したかった。死にたいと願うくらいに苦しませながら、殺したかった。そのためには協力者の存在は必要不可欠だった」
その時に再会したのだろう。何も覚えていない、俺と。
「高校に入って史郎を見つけた時は、うれしかった。すぐにでも抱きつきたかった。みこだよって言いたかった。でも接触するわけにはいかなかった。いつ演技が崩れるかわからなかったから。溢れそうになる涙を抑えることで精一杯だった」
その言葉は間違いなく本当だった。今の泣き続けている巫子の姿を見て演技だと思うことなどできなかった。
「それからしばらくして……史郎が浮気されていることに気づいた。うれしかった……二重の意味で。使えると思った。どうしてもほしかった協力者が手に入ると思った」
そして巫子は俺に接触してきた。『猪野くん、浮気されてるよ』、と。
「いきなり復讐したいなんて言っても上手くいかないことはわかりきっていた。だから史郎の復讐心を煽ることにした。本当に……ごめんね。でもそうするしかなかった。少しずつ、少しずつ。情報を小出しにして、史郎の復讐心を高めていった。そのゴールが犬養さんと猿原くんへの復讐を終わらせることだった。それが終わったらさっき話したことを全部明かして、一緒に殺すつもりだった」
「色々計画は崩れちゃったけどね」。ぐちゃぐちゃになった顔で笑みを作る巫子。そしてその顔が徐々に崩れていった。悔しそうに、恨めしそうに。巫子は俺を見上げる。
「お金は大事……すごい大事。3億円なんて大金、まだみこじゃ到底払えない。それでもできる限り援助はする。みこが稼いだお金、全部史郎たちにあげる」
だから。巫子は言う。
「お父さんを殺して……! みこの全部を奪ったあいつに、一緒に復讐して……!」




