表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/61

第4章 第3話 金

「はは、冗談だよ。殺した理由くらい覚えている」



 何が楽しいのか。何がおもしろいのか。杜松道彦は自分が殺した者の子どもの前で笑顔を見せた。



「私は金持ちだった。いや今も金持ちだが、当時……10年前は今よりも金があった。独身だったからね。医者だし独立したし薬を売っていたし……知っているかい? 薬って案外簡単に作れるんだ。ただ誰もやらないだけでね」



 杜松道彦は語る。まるで飲み会の場で武勇伝を話すかのように。



「金はあった。女にも困らなかった。だがなぜか満たされなかった。幸せじゃなかったんだ……どうしようもなく。何か、何かが足りなかった。そんな時、君の家族を見た」



 杜松道彦が俺の顔を見上げた。普通だった。猿原のような愉悦も、子犬のような狂気も感じない。ただの、人だった。



「幸せそうだった。うらやましいと思ったね。その気持ちをたとえるなら……そうだな。君たちの歳くらいだとこう言うとわかりやすいか。不細工な男が綺麗な女を連れていたら、何であんな奴がと嫉妬するだろう? それと同じだ。私はいわゆるエリート。猪野家は下の上程度の家庭だった。なぜ私が満たされないのに、こんな奴らが幸せそうなのか。なんかむかついて、殺すことにした」



 なんかむかついて。なんかむかついてなんかむかついてなんかむかついて。なんかむかついてと、言った。俺の両親を殺したことを。なんかむかついて、と。



「殺したが、どうにも満たされない。どころか殺してしまったから不安になった。幽霊とか、怖いだろう? だから幽霊がいるか確かめてみることにした。その子どもを虐げてみた。幽霊がいたなら両親が怒って何かしてくるはずだろう? だが今のところ、何もない。幽霊はいないということがわかったよ」



 聞き逃すはずはない。しっかりと仇の話に耳を傾けていた。それなのに、一つも頭に入らなかった。聞こえてはいるが、意味が理解できない。幽霊がいるか、確かめる。そのために姉ちゃんから幸せを奪い、詩歌を虐め、子犬を壊したのか。それだけの、理由で。



「色々聞かれるのも面倒だし言っておこう。犬養さんに巫子を殺すよう指示を出したのは、どっちでもよかったからだ。巫子が死んでも死ななくても猪野くんは傷つくだろう? それと牛島さんを殺したのは……恥ずかしいんだが、痛かったからだ。カモフラージュのために私も殴るよう言ったが、想像以上に痛かった。だから殺した。他には何か疑問はあるかな」



 他に疑問があるか? 疑問なんてないよ。



「死ね」



 もう何でもよかった。殺したかった。ナイフを振りかぶった。ほとんど無意識だった。それなのにナイフを振り下ろさなかったのは。



「悪かった」



 杜松道彦が謝罪したからだ。不思議と本当に心から謝っているように見えた。あんなふざけたことを言っていたのに。



「お前……何言ってるんだ……」

「本当に悪いとは思っているんだよ。君たちは何も悪くないから」


「そ……んな言葉で許すとでも思ってんのか……!?」

「いいや。だが捕まるのは嫌だ。殺されるのも。だから」



 杜松道彦の指が三本立つ。



「3億円出そう」

「……は?」



 言葉の意味を理解できない俺に構わず、杜松道彦は一人話していく。



「君たちへの賠償金だと思ってくれていい。1人1億。私が捕まったとしてもこれだけの金はもらえないだろう。3億円あったら何ができるだろう。まず衣食住。おしゃれができるし、外食もできる。人が死んだ家からも引っ越すことができるだろう。それに大学にも通えるね。君や詩歌ちゃんは勉強ができるんだろう? 良い会社に入ればさらに金は増えていく。お姉さんに楽させてあげられるんじゃないか? もちろん君たちからは手を引く。きっと君のお姉さんは良い彼氏を作り、結婚して幸せな家庭を築くんだろうね。そうなった時金があればどれだけ楽だろうか」



 何も言えなかった。



「ここで私を殺したとしよう。一時的に楽になるだろう。両親の仇をとったと墓に報告できるね。だがそれで、終わりだ。その代償として君は捕まり、多額の賠償金を払い、君の家族は社会から孤立させられる。わかるかな? 復讐なんてしたって意味がない。生きることが大事なんだ。一時の感情じゃない。どう生きるかを大切にしていこう。君たちはまだ若い。あと60年は生きていくだろう。でも君が殺人を犯して、一瞬幸せになって、その後の60年間ずっと苦しんでいくのかい? それはあまりにも馬鹿げている。もっと賢く生きていこうじゃないか」



 少しも動けなかった。



「今が14時だから……17時までにうちに来なさい。そこで金を引き渡そう。それで君たちは、幸せになれる」



 杜松道彦が立ち上がり、病室を出ていく。その間俺は、ただ黙って見送ることしかできなかった。



 静寂に包まれる病室。機械の音だけが響いている。そこに子どもの声が一つ。



「史郎。みこの話、聞いてくれる?」



 そして全ての謎が明かされるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 誓った復讐が金で有耶無耶になるという茶番に……ならないことを切に願います。
[一言] これで買収されたら、今までの展開はただの茶番ですね そうならないよう祈ってます
[気になる点] 以下、野暮を申し上げて大変恐縮です。不適当であればすぐ消します。 録音プラスαで、両親殺しと長年の3人への虐めが立証できるなら、3億円にはとどかなくても、賠償金で最低でも1億8000…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ