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第4章 第2話 答え

「犯人はお前だ。杜松道彦」



 俺が告げる。巫子は作り物の笑みを崩して静かな笑みを浮かべ、杜松道彦は真顔で俺の顔をただ見つめていた。そして口を開く。



「犯人……? それは何の事件の話だい?」

「さぁな、それは知らない。俺が知っているのはあんたが犯人ってだけだ」



 真顔を消し戸惑ったように笑う杜松道彦に、俺はいくつかの証拠を突きつけていく。



「あの日……トイレで。俺はあんたに子犬のことを説明した。気が動転していてまともじゃなかったから何を言ったのかはよく覚えていないが、だからこそあいつの苗字を言うわけがない。なのにあんたは犬養さんと言った。おかしいだろ」

「彼女は巫子と同じ小学校出身だろう? だから記憶に残っていたんだ。きっと親にならないとわからないだろうね、この気持ちは」


「じゃあ俺は? 俺があんたと初めて会った山での話だ。あの時あんたは俺のことを猪野くんと呼んだ。俺は巫子と同じ小学校出身じゃないぞ」

「妻から聞いていたんだよ。一度家に来たことがあったんだろう?」


「だから言ってんだろ。どうして俺の顔を見て、俺が猪野だってわかったんだ」

「授業参観で見た。医者を長くやっていると人の顔を覚えるのが得意になるんだ」



 あぁそうかよ。まぁそんなものはどうでもいい。これらは思い返してみればの話。俺が杜松道彦に辿り着いた道ではない。



「あんたも知ってんだろ? 俺たちの担任、牛島が殺されたって話」

「ああ。私も救命を手伝ったからね。と言っても私が見た時には既に死んでいたが」

「だとしたら見ているはずだ。牛島が残したダイイングメッセージを」



 俺は事前に用意したメモを見せつける。



1603



 この暗号が杜松道彦犯人説を疑惑から確信へと変えた。



「その4つの数字と1つの英語が私を示していると?」

「ああ。牛島は日本史教諭だ。それを前提にすると、4つの数字は意味のあるものに変わる。1603。お医者様はわかるよな?」


「確か……江戸幕府ができた年だね。それでCは?」

「これはCじゃない。℃だ。℃から〇を消して、Cにしている」


「そう思った根拠は?」

「根拠なんかねぇよ。そう考えると納得できるってだけだ。1603が表しているえどから、℃と同じように上の一部分を消す。Cは1603の後ろにかかっているから、どから濁点を抜く。そうなるとえと。干支という文ができあがる」


「それで?」

「干支の逸話で一番有名な話があるだろ。鼠が牛の背に乗って、ゴール手前で飛び出して一番になったってやつ。『牛』島を切り捨てたのは『鼠』ちひこ。だから犯人はお前だ」


「……くだらないな。ただのこじつけだ」

「だから言っただろ。そう考えると納得できる。陰謀論と同じだよ。先に答えがあって、それに繋がるように物事を考えたら上手くいった、ってだけだ」


「その陰謀論で、私に凶器を突きつけていると?」

「違うな。こんなのはただの裏付け。部分点すらもらえない。お前が犯人だとわかったのは、巫子が教えてくれたからだよ」



 巫子が刺され、意識を失う直前こう言った。お父さん、と。巫子が好きなのはお父さんじゃない。パパと呼んでいる蛇ノ道さんだ。



「巫子が死ぬかもしれないって状況で、お前の名前なんて呼ぶはずがないんだよ」



 きっと。いや間違いなく。巫子はあの時こう言おうとしたんだ。お父さんが犯人だと。巫子はそういう奴だ。どこまでも自分を出さない演技派女優。それが俺が知っている、蛇ノ道巫子だ。



「はぁ……くだらないな」



 俺の話を聞いた杜松道彦はため息をついた。



「何も証拠がない。そんな憶測で私が何らかの犯人だと?」

「証拠なら……ある」



 そう言ったのは巫子だった。いや、俺の知っている巫子ではなかった。



「証拠はみこ! みこは見ていた! お前が史郎の両親を殺すところを! だからみこは隠した……みこの心を。女優になって、演技を学んで。ずっと隠し続けた! 今日、この時のためにっ!」



 子どものように自分のことを名前で呼び、泣き叫ぶ巫子。そんな巫子を見るのは初めてだった。いや、初めてではないのだろう。俺が、忘れているだけで。



 俺の、真逆だ。俺は子どもの頃の心を自分で封印した。そして巫子は子どもの頃の心を保ったまま。全てを演技で塗り固め、今ここにいた。



 ようやくわかった。巫子が言っていた復讐の意味が。俺と、同じだったんだ。



「ふぅ……」



 癇癪を起こす子どもを見たことがない親は、呆れたようにため息をつくと椅子に深く座る。



「まだ巫子が復讐なんかに囚われているとは思っていなかった……ならば仕方ない」



 そして、言った。



「そうだ。私が犯人だ」



 ついに……認めた。見つけた。両親の仇を。



「君の両親を殺したのも、猿原くんたちを使ったのも、金を払ったのも、薬を用意したのも、犬養さんを指名したのも、君も含め姉妹へのいじめを指示したのも、牛島さんを消したのも。全て私だ」



 きっと以前の俺なら。巫子に会うまでの俺なら、犯人がわかった時点で警察に言っていたと思う。



 猿原を殺そうとした後の俺なら。家族に申し訳ないなと思いつつも迷わず殺していたと思う。



 そして子犬にどうしても復讐しきれなかった俺は。



「どうして俺の両親を殺した」



 そのどっちもだった。返答次第。答え次第でどうするか決めるつもりでいた。



 両親を殺した。姉ちゃんや詩歌を傷つけもした。でも止むを得ない状況というのはある。俺が知らないだけで両親が極悪人だったとか。その子どもも傷つけないとどうしようもなかったとか。そんな事情があったとしたら、警察に突き出すだけで済ませるつもりだ。



 もちろん人を3人も殺したんだ。死刑は免れないだろうが、法の下で裁きを下してもらう。殺したい。今すぐにでも殺してやりたいが、しっかりと罪を償ってもらう。それが姉ちゃんや詩歌。両親のためにも一番だ。きっとそうすることが正しいんだと思う。



「……そうだな」



 杜松道彦はしばし思い返すようなそぶりを見せ、言った。



「10年も前のことだから覚えてないや」



 その答えを聞いた瞬間、俺は杜松道彦を何よりも惨たらしく殺すことを決めた。

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