第1章 第4話 開戦
「史郎、おはようっ」
打ち合わせ通りとはいえさすがに緊張する。登校してきた俺に杜松さんが笑顔で挨拶してくるというのは。……いや、杜松さんではない。
「……おはよう、巫子」
「うん、おはおは」
言うまでもなく俺はカースト最底辺。一方巫子はカースト頂点かというと、少し違う。そもそも仕事のせいで学校に来るのは登校日の半分程度。さらにミステリアスな空気、掴みどころのない雰囲気から俺とは真逆な意味で友だちがいない。そんな謎の美女が笑顔で俺に挨拶したんだ。教室中にざわめきが起こり、いつにない好奇の視線に晒される。その異常な空気に誰もまともに反応できない中、唯一隣にいる女子が俺の腕を引いた。
「史郎くん、いつの間に杜松さんと仲良くなったの……?」
子犬が俺を引き寄せ耳元で訊ねてくる。そしてそれに答えたのは巫子だった。
「いつって……ねぇ。みんなの前だと言いづらいよね」
子犬や猿原のプライドを打ち砕くため付き合っているという設定になった俺と巫子。しかし現在子犬と付き合っていることもあり、あくまで関係性を匂わす程度、という話で収まった。細かいところはアドリブを利かすと言ってくれたが、いざやられると……すごい困る。どうして演技で頬を染められるんだ。これが女優の演技力ってことか……?
「……答えになってない。あなたは史郎くんの何なんですか?」
普段の子犬なら自分から誰かに積極的に話しかけることなんてしない。根本的にコミュ障。俺が理由のないいじめられっ子なら、子犬は理由が明確にあるいじめられっ子だからだ。余計なことに手は出さないべきだと肌に染みついているはず。
それなのに食ってかかったのは、彼氏に女性が近づいてきたからか。あるいは、格下だと思っていた彼氏が自分を捨てて乗り換えようとしているように見えてプライドが傷ついたからか。どちらにせよ、挑む相手が悪いという結論に終わるが。
「特別な存在、とでも言っておこうかな。ねぇ、史郎」
ペロリと舌を出し、悪戯っぽく笑う巫子。その姿は小悪魔か、悪魔か。いずれにせよ遥か高みから叩きつけられたその言葉に、俺や子犬。クラスメイトのような格下たちはその言葉に踊らされることとなった。
「ねぇそれってさ……」
「え? 嘘でしょ? だって猪野だよ? まさかあの杜松さんが……」
「そんな……俺大ファンだったのに……!」
クラスメイトたちが色めき立ち、一層大きな声が湧く。
「わ……わたしが……史郎くんの彼女なんだから……!」
子犬は本物の子犬のように小さな身体を震わせ、小さな声を振り絞りながら威嚇する。
「…………」
そして俺は、そんな子犬の様子を窺っていた。
事前の計画では。巫子が言うには、きっと彼女アピールするだろうということだった。それがちっぽけなプライドを守る手段だろうと。
でも俺は思った。普通の彼女でも同じような反応をするんじゃないかって。もしかしたら子犬は歴とした俺の彼女なんじゃないかって。
じゃあどう考える。ホテルの前で猿原と手を繋いで笑っていたあの子犬を。昨日俺を置いて猿原と帰ったあの子犬を。
わからない。わからないけれど、俺に隠し事をしていることは間違いなく事実だ。そして俺のいじめの主犯格と手を繋いでいたことも。
だから迷わない。子犬が何を考えていようと、俺の敵には違いない。そして確実に動揺というダメージを与えられた。
この後子犬はどう行動するのか。そして隣のクラスの猿原にまでこの噂が伝わった時、奴はどう動くのか。ここからが勝負だ。
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