第2章 第9話 思惑
「子犬……なんでここにいるんだ……!」
「えー? たまたま会っただけだよー」
「たまたまなら仕方ないねぇ。ちょっと話でもしようか」
「え……? え……!?」
俺が睨み、子犬が笑い、巫子が意味深に微笑み、卯月が困惑する。一つのテーブルを囲み四つの思惑が混雑していた。
「まぁいいや。俺も帰るから。馬場さんどこ行った?」
「さぁね。それと君のためにパフェ頼んどいたけどまだ来てないよ?」
俺が立ち上がるが、巫子がなぜか邪魔をする。ソファー席で巫子が座っているため動くことすらできない。
「……巫子。何のつもりだ。俺に協力するんじゃなかったのかよ」
「協力? 協力ねぇ。あんまり私にメリットないよねぇ」
「はぁっ!?」
思わず大声を上げる俺だが、巫子は涼しい顔でパフェをスプーンで掬っている。
「なんだろ。卯月も協力してくれるみたいだしもう私はいいかなって。卯月もそう思うでしょ?」
「わ、私!? 私は……その……」
「そんなことより史郎くんっ。この後ホテル行かない? 安いのにすごい綺麗なホテルあるの。わたしそこがお気に入りで……」
「……っ!」
ドン、というテーブルを叩く音と共に、店内が静寂に包まれる。耳に入ってくるのは聞いたこともない店内BGMと、俺の息を吐く音だけ。
「いい加減にしろよ……! こんなことに構ってる余裕なんかないんだよ……!」
とても冷静ではいられなかった。両親を殺したかもしれない人物。それを庇おうとする裏切り者。そして口を開けば俺を傷つける言葉しか吐かないクソビッチ。何もかもが、許せなかった。
「史郎くん……? なんで怒ってるの……?」
「お前が一番うざいんだよっ!」
もう声を聞くのすら耐えられない。言葉が自然と溢れていく。
「子犬……! お前が嫌いだ! 大っ嫌いなんだよ言ってんだろずっと! なのにいつまでも彼女面してんじゃねぇよ……! 俺はお前の彼氏じゃない。お前は猿原と一緒だ。俺を傷つけ、邪魔するゴミ人間。忘れんなよ……! 俺はお前に、死にたくなるくらいに復讐する……! お前は俺の敵だ。二度と話しかけんな。殺したくなる」
今まで心の中に押し殺していた気持ちが全て零れた。それを聞いた子犬は、呆然とした顔で俺を見上げている。何を言われたか理解していないような、理解するのを拒んでいるかのような顔。
「わ……わたし……史郎くんのこと大好きなんだよ……? 一番、愛してるんだよ? 彼女なんだよ……?」
「……気持ち悪いんだよ。死ね」
軽々しく口にすることすら嫌だった言葉が簡単に口から出た。それくらい、気持ち悪かった。
「お客様、他のお客様の迷惑になりますので……杜松巫子!?」
店内だということも忘れ叫んでいた俺に店員が駆け寄ってきたが、有名女優の巫子の姿に同じくらいの声量の声を上げる。
「すいません、店員さん。彼もう帰らせるんで。あ、サイン書きます?」
「いいんですか!? その……できれば写真を……!」
「ああ全然大丈夫ですよ。よいしょっと」
巫子が立ち上がり、店員と一緒に離れていく。
「……今までありがとう。ここからは俺一人でやる」
その姿に一言声をかけ、千円札をテーブルに置いて出ていく。一応店内に頭を下げたが、もう二度とここには来れないだろうな。
「い、猪野さん……待って……!」
店を出て帰路を辿っていると、卯月が走ってきた。
「……お金足りなかった?」
「あ、ううん……おつりあるくらい……」
「いいよ、やる。それともう俺に関わるな。もう誰も頼らない」
「そ、その……!」
何も悪くないとはいえ話す気分ではなかったのでスピードを速めると、卯月が必死に大声を上げた。
「み、巫子ちゃんは……悪くないと思う……!」
さすがは女優。腹から出た大声が俺の脚を自然と引き止める。
「……俺は。巫子は悪いと思う。あいつが馬場さんを庇おうとしてるのは明らかだ」
「そうじゃなくて……さっきのこと……! たぶん、わざと猪野さんを煽ったんだと思う……!」
わざと……煽った……?
「猪野さん……犬養さんに強いこと言えなかったでしょ……? 動画見させてもらったけど……優しいから。たぶん、彼女だった子犬さんにはあんまり厳しいことは言えないんだと、思う。だから犬養さんはいつまでも擦り寄って来てた。でもさっき。伝えられてたよ、ちゃんと。大嫌いだって。それが言えたのは、巫子ちゃんのおかげだよ」
卯月の真剣な面持ちに、俺も不思議とスッと納得してしまった。確かに巫子は、そういうことをする人だろう。そう考えると全て納得がいった。馬場さんとのやり取りで俺の冷静さを奪い、子犬を呼び出すことでその怒りをぶつけさせた。それが事実だとしたら、まんまと乗せられたというわけだ。
「……全部憶測だろ。やっぱりこれからは一人で復讐するよ」
「猪野さん……!」
巫子を信じられないのは変わらない。馬場さんが犯人だった場合、庇うのに変わりはないから。でも。
「でも巫子に言っといてくれ。ありがとう、ひどいこと言ってごめんって」
それだけはどうしても伝えたかった。




