第1章 第2話 彼女
「遅かったね、史郎くん」
「……ああ、待たせてごめん、子犬」
杜松さんと別れた俺は、校門で待っていた子犬の元へと向かった。予定より15分ほど遅れながらも、いつものような優しい笑顔を見せる子犬。とても浮気しているとは思えない。そう、やはり思えないんだ。子犬が俺を裏切っているなんて。俺を騙すために付き合うような、クソ女だなんて。
だからまず調べることにした。証拠はある。でも写真なんかじゃなく、実際に見て確かめたい。子犬が俺を裏切っているという事実を。それができないと、俺はどうしても復讐に踏み切れない。それくらい、子犬のことを愛しているから。
「ねぇ史郎くん。結構髪伸びたと思わない?」
「……そうだね。よかった」
子犬が風になびくブラウンの地毛を撫でる。元々子犬はその上品な犬のような髪の毛を腰の辺りまで伸ばしていた。しかしクラスの女子に切られ、一時期は肩に届くか届かないか辺りまでになってしまった。それから約半年後、髪は肩を隠せるくらいに戻っていた。いつもならもっといい反応をできて褒められたが、浮気の話を聞いては素直に喜べない。無理矢理笑顔を作ると、子犬の笑顔に陰りが見え始めた。
「……ねぇ、何かあった?」
「え? いやなにも……」
「うそ。史郎くんすぐ顔に出ちゃうもん。感情を隠せないからわたしたちは……いじめられるんだよ。それにわたし、史郎くんのこと愛してるから。ちょっとの変化でもすぐわかるの。何か嫌なことされたでしょ。誰に? また……猿原くん?」
「っ」
今度は自分でもわかる。隠せていない。子犬の浮気相手にして俺へのいじめの主犯格。猿原の名前を出されたら、とてもじゃないが平然とはしていられない。
「いや……猿原じゃない。見てよこの身体。どこも痣になってないだろ?」
「……だったら誰かにひどいこと言われたのかな?」
子犬が近くに寄り、抱きつくような距離で俺の身体の傷を探すためか下から上へとジロリと舐め回すように見てくる。
「それとも――」
そして子犬の視線が俺の視線と重なり。
「――わたしが浮気してる、なんて聞かされたのかな?」
何よりも近く、暗い瞳が俺を覗き込んだ。
「な……ぁ……で……?」
言葉にならない。どうしてそのことを知っている。教室の外で聞いていた? 杜松さんに撮られたことを知っていた? あるいは、別の何か……?
「こ……いぬは……」
「俺のこと呼んだか?」
何を訊こうとしたかはわからない。それでも必死に声を紡いでいると、とうとう俺の声が出なくなった。
「人の悪口を陰で言うとか相変わらず暗いなぁ、陰キャカップル」
後ろから現れたのは、俺をいじめていた、いじめている、最も嫌いな相手。
「猿、原……」
「男なら堂々と言えよ。俺みたいにさ。お前のことが、嫌いだって」
金髪の馬鹿面が俺を見てニヤニヤと笑っている。なぜ笑っている? いやこいつは俺をいじめている時常に笑っている。だから不自然ではないが……今この場においては別の意味があるように感じる。なにか子犬に指示を出しているような。そんなより最低な笑みに感じる。
「……史郎くんに何か用ですか」
守るように子犬が俺の前に出る。俺を庇っているのか。それとも何か別の意味があるのか。わからない。見せてくれ、子犬。その顔を。今お前は、どんな顔をして俺の前に立っているんだ。
「俺の話を出してたのはお前らだろ? やっぱ俺の陰口か? 先生に言われなかったか? 陰口はやめようって」
「……史郎くん、ごめんね。今日はわたし、猿原くんと帰る」
唐突に。子犬に別れを告げられる。
「な……んで……?」
「なんでも、だよ。じゃあね、また明日」
そう言って子犬は、こちらを見ることなく帰っていく。猿原の隣に並びながら。俺よりも近い、距離で。
「ね、見たでしょ? 彼氏を置いて別の男と帰る。これで浮気じゃなかったら何なのか、って話だよ」
事前の打ち合わせ通り遠くから俺たちを見ていた杜松さんが出てくる。だが俺はその顔を見れなかった。俺の視界に映るのは、俺からどんどん離れていく子犬の背中だけ。
「……そうだな。そうとしか、思えない」
子犬が何を考えているのかは相変わらずわからない。それでも何か言えるはずだ。俺のためを思っているなら、ラインでも何でも告げられたはずだ。それをしないってことは、つまりそういうことなのだろう。
「復讐……しよう。俺を虐げる、全てに」
これ以上考える必要はない。俺は俺の幸せにために行動する。それを邪魔するものは、何であろうと潰す。それだけしか俺にはなかった。
ここまでがプロローグになります。次回からは復讐編が始まります。よろしければお付き合いください。
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