第1章 第11話 先手
「なぁ、そろそろ復讐したいんだけど」
翌日の昼休み。屋上に続く階段裏で、俺は巫子にそう切り出した。
「……どしたの急に。どっちかというと乗り気じゃないって感じじゃなかった? 私が先行してるみたいな」
「君が俺に協力する理由。それがどうしても聞きたい。なるべく早く」
巫子の表情を確認する。何も変化はない。パックのイチゴオレを飲みながら静かに俺を見ている。
「あー聞いたよお母さんに。乗り込んできたんだって? 言っとくけどたいした理由じゃないよ。たぶん君が想像しているような答えじゃない」
「じゃあ今すぐ教えてくれよ」
「それは……時期尚早かな。というよりおすすめしない。感情がぐっちゃぐちゃになっちゃうと思うから」
「じゃあ早く復讐したい。猿原は警察に通報するとして、子犬はどうすればいいんだ」
訊ねると巫子は珍しく本当にめんどくさそうにため息をついた。
「あのね、復讐ってそんな気持ちでやるものじゃないと思うんだ。ていうか何事もそう。目の前のことに集中しないと必ず失敗する。遠くを見てたら目の前の物は見れないでしょ?」
「……俺には時間がないんだよ……俺たちには。正直子犬たちへの復讐なんてどうでもいい。俺の母さんと父さんのことさえ知れればそれで……!」
「……私が君のご両親が亡くなったって聞いたのは君に聞いてからだよ。だからご両親の事件に関わる話じゃない。ていうかそんな大事な話なら聞いた時点で警察に行ってるって。もしかして犬養さんに何か余計なこと吹き込まれた? だとしたらあんまり気にしない方がいいよ。たぶん私を貶めたいだけだから」
「そりゃ……そうかもしれないけどさ……」
上手く伝えられないせいでもどかしい。たぶん間違っているのは俺の方なんだろう。俺が勝手に一人別の方向を向いているだけ。本当に両親は関係ないのかもしれない。
でもほしいんだ。何でもいい。両親に繋がらなくてもいい。何か新しい情報が。俺はただ安心したいんだ。あーやっぱり関係ないか。そりゃ10年も前のことだもんなって……諦めさせてほしい。
子犬のせいで、とっくに諦めていた犯人のことが頭をよぎってしまっている。どうしてもそこしか目に入らない。でも……そうだよな。
「ごめん、勝手なことばっか言い過ぎた。両親のことは……忘れるよ」
「うんそうだね。私こそごめんね。なんか私のキャラっていうかさ、普通のこと言ってるつもりでも意味深にとられちゃうんだよね。安心して。君のご両親につながる話じゃない。だから目の前の復讐に集中しよう」
とは言ったし言われたものの、そう簡単に切り替えられない。だから巫子とは別れ、外の空気を浴びに出かけた。
いじめのせいなのか、1人でいると落ち着く。周りに誰もいない……自分1人だけでいられる空間。そこを求めて校舎の裏を歩いていたその時、見てしまった。
「……は?」
遠くの方で。子犬と猿原が、キスをしているところを。
「……おい。おいおいおい……!」
独り言が出る。目の前の出来事に集中できない。子犬が背伸びをして、猿原の背中に手を回している。紅潮した顔で何度も何度も舌を絡ませている。俺には見せたことのない表情で。不思議と唾液の糸すらはっきりと見える。それだけ集中しているのだろうか。いや、それだけ近く、寄ってしまっていたのだ。
「おいっ!」
気がついたら俺は2人のすぐ目の前で叫んでいた。言ってから声が裏返ったことに気づいた。脚が震え、どうやって立っているのかもわからないくらい、動揺している。そこでようやく子犬が、俺の存在に気づいた。
「ちがっ、ちがうんだよ史郎くん! これには理由があって、わたしが一番好きなのは……!」
「何が違うんだよ」
そう咎めたのは俺ではない。猿原が慣れ慣れしく、慣れた手つきで俺の彼女を抱き寄せ胸を鷲掴みにした。その瞬間俺の存在に気づき青ざめていた子犬の顔が、俺には見せない。女性のものに変わったと気づいた。気づいてしまった。
「お前は俺の女だろ? なぁ教えてやれよ彼氏君にさ」
わかっていた。わかっていただろ、子犬が浮気していることなんて。わかっていて、それを踏まえた上で復讐しようとして。お前なんかと付き合えないと、こっぴどく振ってやるつもりだったのに。
「ご主人様のテクニックにメロメロになってしまいました、ってな」
どうしてこんなにも、涙が出てくるんだ。
本日は1話更新です。ついに子犬ちゃんの浮気が明るみになりました。次回は必見です!
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