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第1章 第1話 浮気

「猪野くん、浮気されてるよ」



 放課後の教室で突然そう聞かされた俺は驚いてしまった。浮気されているということではなく、話しかけてきた人物のことで。



「えーと……俺の名前、知ってたんだ、杜松さん」



 杜松巫子(ねずみこ)。高校1年2年と同じクラスになったが、全くと言っていいほど関係がない。なんせ杜松さんといえばテレビで1週間に一度は見るほどの女優。高校2年生でありながらミステリアスな雰囲気を醸し、それでいて大人びていない。良い意味で高校生らしさが溢れていることから、よくドラマでは独特な役をやっているのを見る。そして何より、誰よりも綺麗。そんな人が教室に2人しかいないからと言って話しかけてくるとは思わなかった。しかも俺なんかのことを知っているなんてとてもとても。



「そりゃクラスメイトの顔と名前くらい知ってるよ、猪野史郎(いのしろう)くん。いじめられててかわいそうだと思ってた。まぁ助けなかった私も同罪だと思うけど」

「いや別に……そんなことは……」



 確かに俺はいじめられているが、傍観している周りを責めてしまうほど辛い思いはしていない。昔はひどかったが2年に上がったことで主犯格が別のクラスになったおかげでいじめは減ったし、何より今の俺には彼女がいるから。そしてその彼女が……何だって?



「悪いけど子犬が浮気するなんて考えられない」



 犬養子犬(いぬかいこいぬ)。それが俺の彼女の名だ。そして俺と同じいじめられっ子でもある。ただ違うのはいじめの原因が性格ではなく名前にあるということ。子犬という名前で、しかもおとなしくて小柄で人見知り。からかわれるのは日常茶飯事で、その上顔がかわいいと来たら女子にいじめられるのは自然の摂理とも言える。



 ただ高校1年生の時。俺はそんなくだらない理由でいじめられている子犬が見ていられなくて、助けに入った。その結果俺は男子からも女子からもいじめられるようになったが、それと引き換えというわけではないが。子犬と俺は付き合うようになった。だから俺の中では圧倒的にプラス。いじめられているのなんて気にならないくらいに今人生が幸せだ。そしてそれは、向こうだって同じだと思っている。



「証拠でもないとそんなこと到底信じられな……」

「はいこれ証拠」



 窓際の自分の席に座っていた杜松さんがいつの間にか俺の目の間にまで近づいており、その距離でスマホを差し出してきた。



 ラブホテルのすぐ傍で男と手を繋ぎ、幸せそうに笑っている子犬が映った画像が表示されているスマホを。



「こんな……こんなの……ありえない……人違いだろ……」

「人違いならこの男と手は繋がないと思うけど」



 そう。子犬と手を繋いでいるこの男。申し訳ないけど子犬以上に見間違うことなんてない。なんせ俺のいじめの主犯格なんだから。



猿原申吾(さるはらしんご)。こいつ、君をいじめてた人でしょ? そんな人と浮気するってことはさ、つまり言いづらいんだけど……君が浮気相手なんじゃないかな」

「……やめろ」


「私のキャラ的にこの犬養さんみたいな役柄よく演じるんだけどさ、こういうパターンがほとんどだよ。相手をどん底に突き落とすために、自分の彼女をいじめの標的と付き合わせる。そして幸せの絶頂でネタばらし。……なんてパターンがさ」

「やめてくれ……」


「もしかして君さ、犬養さんとヤるどころかキスや手を繋いだこともないんじゃないの? ……たぶん馬鹿にされてるよ、裏で。猪野くんの一挙一動を報告して笑い者にしてるとおも……」

「やめろって言ってるだろ!?」



 気がつけば大声が出ていたし、涙だって当然のように流れていた。その通りだと思ったから。杜松さんが言っていることがそのままそっくり当てはまっていたから。



「この日……先週の日曜だろ……。その日は昼から2人で映画観にいって……普段地味な服しか着ないのに気合い入れたって言ってノースリーブとミニスカートを履いてきて俺はかわいいねって言って……夕方に解散した」

「じゃあその後に猿原くんと合流して、って感じだね」



 自分でも驚くほどに納得した。そう考えると全て辻褄が合う。だいたい俺みたいなカースト最底辺に彼女ができたのがおかしかったんだ。そこで疑わなかった俺が間違っていたんだ。全部俺が悪い……。



「復讐とかしないの?」

「……え?」



 スマホを覗き込んだまま俯いていた俺が顔を上げると、杜松さんが机に腰をかけながら首を傾げていた。



「いや私が出演してたドラマだとよく復讐されてるからさ。そうならないのかなーって」

「復讐なんて……しないよ。できない」



 俺が復讐なんてできるほど強かったら、もっと前からしている。それができないからいじめられていて、こんな目に遭っているんだ。それに。



「不思議とそんなに子犬を恨んじゃいないんだ。全部嘘だったのかもしれないけど……幸せだったから。子犬……犬養さんにも、幸せになってほしい。それが俺の隣じゃなかったとしても」

「ふーん……これがサレラリってやつ……」


「サレラリ?」

「浮気されると落ち込みすぎて、全部自分が悪いって思いこんじゃうんだって。要は自傷行為ってやつ? 自分の脳を殺さないために、自分の心を傷つけるらしいよ。あぁ別に悪いとは言ってないよ? ただその典型だなーって思っただけ」



 確かに……そうなのかもしれない。杜松さんの言っていることは全て正しい。全て正しいと思わせる、不思議な雰囲気を纏っている。



「復讐するなら手伝ってあげようと思ったけど、する気ないならいいや。じゃあ余計なこと言っちゃったかもしれないけどお幸せに……」

「……ちょっと待って」



 机の上から飛び降りた杜松さんを止めていた。無意識だ。何も意識していないのに、口が勝手に動いていく。



「復讐するとしたら……手伝ってくれるの?」

「まぁ浮気されてるよはいさよならとはしないよね。そんな正義感でいっぱいだったらいじめの時点で止めてるし、そんな見せかけの正義なんて一番邪悪だと思ってるから」


「じゃあ……なんで……」

「たぶん君と同じなんじゃないかな。浮気されている猪野くんがかわいそうだと思ったから、助けようと思った。それだけだよ」



 ふと想像した。これからの未来を。俺がこれからも子犬と付き合って、その裏で馬鹿にし続けて。プロポーズをしたら全部嘘だったと2人から馬鹿にされて、そして子犬と猿原は結婚し、幸せな家庭を築く。俺の屍の上で。



 それが子犬の幸せだとしたら、俺は祝福できるのだろうか。よかったね、おめでとうと。好きな人が幸せになってくれてうれしいよと。



「……できるわけがない」



 だとしたら答えは、一つしかない。



「杜松さん……俺に協力してくれ。俺と一緒に子犬と猿原に復讐してくれ」



 涙と共に溢れたその言葉。それを聞いた杜松さんは俺とは真逆の表情を作った。



「いいよ。私が猪野くんを助けてあげる」



 そう言って杜松さんはこの場にふさわしくないくらいに、笑った。

復讐物になります。ですがただの復讐ではなく、様々な思惑渦巻く作品となります。ハッピーエンド目指してがんばりますのでどうぞ応援してください。


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