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第二話 浪士組の上洛

 急ぎ着替えて旅籠屋の外へ出ると空は薄明るい。冷たい空気を肺に思いっきり吸い込むと、先程までの動揺がわずかだが鎮まった気がする。


 鴻巣宿(こうのすしゅく)の通りはすでに騒々しく、浪士組の一員と思われる浪人たちが(たむろ)していた。


 いかにも武芸者という者もいれば酔っ払いコントにでも出てきそうな大きな瓢箪を背負っている者、実戦で本当に振り回せるのか不明な長刀を地面に引きずりながら歩く者など全ての人が目新しい。


(これが幕末の侍たちか…!)


 その光景におれは少し感動を覚えたが彼らは皆一様に武士階級という訳ではないはずだ。町人や農民が勝手に苗字帯刀をしている場合もあるのだろう。


 この浪士組の募集には当初一人頭、金50両の報酬が謳われていた。現在の貨幣価値にすると1両20万円くらいなのでなんと約1,000万円の報酬である。当然浪人たちは殺到し、幕府側の予算を大幅に超過したため結局一人頭10両へと減額された。

 ただ意外とその突然の減額に不平不満を訴える者は少なかったらしい。それほどこの幕末の時勢は草莽の士たちを政治的に駆り立てていたことを伺わせる。


 この"浪士組"とは尊王攘夷論者、清河八郎の建策により身分も問わず、腕っ節の強い浪人を集め、時の将軍、徳川家茂の京での警護をするため江戸で結成された組織である。


 しかし発案者である清河八郎は幕府を謀り、家茂の警護ではなく、急進的な尊王攘夷の兵へとこの浪士組を仕立てあげようと目論んでいた。

 これは幕府の資金で幕府の統制外となる尊皇攘夷活動する組織を作ってしまおうというすごい発想だ。


 だがこの奇策は全て思惑通りとはいかず、近藤勇と水戸天狗党の元幹部・芹沢鴨の反対等により、浪士組はその活動を待たず分裂した。

 清河八郎側に賛同した多くの者たちは京に着いてわずかの間に江戸へと蜻蛉返りすることになるが、そのまま当初の浪士組の目的である"将軍警護"のため残留した芹沢一派と近藤一派が中核となって"壬生浪士組"を結成し、それが後の新選組へと繋がるのである。


 そして新見錦は芹沢一派のナンバー2とされ、壬生浪士組の三人局長体制の一人となったがその結末は…。


「我々は三番組だからあそこですね。おい、源さん!」


 路上には一から七までの漢数字が書かれた旗がたなびいていた。

 沖田林太郎は三の旗を指差すとそちらに手を振った。


「あ、ああ、三番組ですね。参りましょう」


 おれのふわふわしたおぼつかない態度にはもう慣れたのか、沖田林太郎から露骨な困惑の色は消えていた。


 三の旗の元へと着くと浪人たちはぎろりとおれを睨む。


「林太郎さん、遅いじゃないか。新見さんに手こずらされたかな」


 そう言って沖田林太郎よりも少し若い、農作業で日焼けしたような浅黒い肌の男がおれたちを迎えた。


「遅れてすみません…」


 謝罪するおれに対して男は気まずそうに手を振った。


「あ、ああ。別に大丈夫ですよ。二番組はさっき出発したので我らも続きましょう」


 男が促すと皆の視線がおれに集まる。


「よ、よし、三番組の皆さん!参りましょうぞぉ…」


 これが三番組組頭として自然な言葉と振る舞いであるのかは分からない。それに自分が思ってるよりも遥かに小さい声だった気がする。

 しかし、考えてみれば浪士組というのは昨日今日集まった烏合の衆。顔色を伺ってもしょうがない。

 何より今のおれには取り繕える知識も記憶もないのだから。

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