第3話 承諾
坂本龍馬暗殺の阻止。因果関係は聞いたところでよく分からないが、それをおれが果たせればX子は飛び降りを思い止まるという。
「なぜそうなるかを君が理解する必要はない。でも君が不慮の死を回避するためには過去へと転生し、坂本龍馬暗殺を阻止してもらうしかない」
「その…過去に転生しての見返りというのはいまの平凡以下の人生の続きを再開できるってことだけなんだよね?」
「あれ?それだと不満なのかい?」
「いや、まぁ不満ってほどではないんだけど。うーん、"どちらでも良い"くらいが正しいのかな…」
おれの人生、現状はとてつもなく不幸ではない。けれど、この先ハッピーになる未来の兆しは一向になかった。
過去へと転生し坂本龍馬を助ける、というミッションをクリアして得られるリターンが単なる"現状復帰"なのであれば、正直それはそれほど心惹かれるものとは言えなかった。
「んー、そうか…。あんまり脅すようなことは言いたくなかったのだけど…」
ラーズくんの完璧に整った顔がわずかに陰を落とす。不穏な間を少し空けると言葉を続けた。
「過去への転生を拒み、この"魂の座"から退去したあと、君はどうなると思う?」
突然の問いかけにおれは言葉を窮した。
「君の魂は地獄へと堕ちる」
「えええ!!そ、それはないでしょう。だっておれ、被害者だよ⁈あ…ごめんね、大きな声を出してしまいまして…」
おれはその理不尽さに心をかき乱された。
こんな荒唐無稽な脅し、ヤバいカルトにでもハマっていない限り直面することはないであろう。
「X子は君と衝突して死んだ。これは事象だけ見ると君がX子を殺したことになるんだ…」
「いやいやいや!むしろX子に殺されたのはおれでしょ!じゃあ、おれにぶつからずコンクリートに直撃していたら加害者はだれ?コンクリートで道路を舗装した職人?舗装しようと決めた自治体?そんなのってないわ!」
おれは一気にまくしたてた。美少年を前に中年男が感情を露わにするのはどれほど哀れでみっともないことだろうか。しかし、これはこじつけにも程がある。
「君の怒りはもっとだし、古今東西、君が処罰される法律はないと思う。だけどあの世の審判は現世の法の精神なんて及ばない」
「あんまりだああああ!」
おれは自分が死んだことよりも殺人犯とさせられたことを嘆いた。
「一応だよ、一応教えておくね。地獄の責め苦とは鬼から執拗に暴力を奮われ、灼熱の炎にその身を焼かれ、排泄物を食べさせられて、全身を何千何万回と針で刺され、最後は身体を切り刻まれる。するとすぐに肉体は再生し、この責め苦が永遠と繰り返されるらしいんだ。恐ろしいね…」
ラーズくんの戦略は正しい。おれみたいな人間の決意を促すのは希望よりも絶望、快感よりも恐怖だろう。
しかもなんだ、さらっと言ったが排泄物を食べさせられるって。それが一番嫌だわ。
「わ、わかったよ!やりますよ!過去にでも何でも行ってやりますよ!それにおれ日本史好きだし!」
「わーい!やったー!」
追い詰められたおれの宣言にラーズくんの顔から笑顔が溢れる。まんまとしてやられた。
「だけど例えば幕末の京都におれが転生して、"やぁ、どうも坂本さん、近江屋にいると誰かに殺されますよ"と近付いたところで暗殺を防げる?無理でしょ」
「おお!坂本龍馬が近江屋で暗殺とかすぐに浮かぶんだね。頼もしい!」
こんな子供騙しのヨイショに乗せられてたまるか。おれの疑問はまだまだ続く。
「それに近江屋事件を回避させられたとして、その後はどうすればいいの?まさか天寿を全うするまで見守るとかなら気が遠くなるんだけど」
「それはすごく良い質問だ。坂本龍馬の没日1867年、慶応3年11月15日。あ、坂本龍馬は誕生日と命日が同じでそこもドラマティックと言われる所以だね、それはいいか。暗殺阻止のゴールはその1日あと、坂本龍馬を11月16日まで生き延びさせることができれば君への注文は完了となる」
たった1日。それなら多少いける気がしてきた。しかし日本史三大ミステリーたる所以はその犯人が不明ということだ。現在の有力な説は幕府側の警察組織〈見廻組〉となっているが他にも様々な説が存在する。
「それに君は君のまま過去へと転生するんじゃないんだ。君はこれから1867年の京都に生きる歴史上の"誰か"に転生することとなる。君への注文はその人物となって坂本龍馬暗殺の下手人を突き止め、それを阻止し、1日だけ命を長らえさせる」
過去の歴史上の人物に転生⁈ということは西郷隆盛、勝海舟、徳川慶喜、近藤勇、高杉晋作…これらの幕末の英雄、英傑となり、坂本龍馬暗殺の真相を明らかにするのか!
いや、そもそもこの中に黒幕説がある人物もいるな…。
そんなことに考えを巡らせるとこの依頼で得られる人生再開というリターンよりも、単純な好奇心の方がおれのやる気を掻き立てる。
「わかったよ。よっし!その依頼引き受けましょう!さあ、おれは誰に転生するんだ?」
現実感がないからと言えばそれまでだが、腹を括れば歴史好きとしてはこの状況にわくわくもしてきた。
「それなんだけど、まだ誰に転生するかは決まってないんだ」
「え、そうなの?これからラーズくんが決めるの?」
「いや、決めるのは僕じゃない。それは君自身の運命に委ねられる。君はゲームとかは好きかい?」
「ゲーム?まぁ世代的に人並みにはって感じかな」
とはいえ学生時代こそコンシューマのゲームを寝る間を惜しんでやっていたが、いまは気軽に出来るスマホゲームくらいしか手をつけていない。
「くじ引きでは芸がないかなと思って。趣向を凝らしてみたよ」
するとポケットのスマホからポーンっと着信音が鳴った。
「あ、ダウンロードが終わったみたいね。ちょっと君のスマホを確認してみて」
顔認証でロックを解除し、見慣れたホーム画面を開く。最後のページへスワイプしたとき、見慣れないアプリが追加されていた。
「なんだこれ?知らないアプリが勝手に入ってる。でぃーえむえーきゅー?」
そのアプリのアイコンは白地に髑髏。髑髏の背後には2本の槍が交差し×印となっている。おしゃれとは言えない怪しげなデザインだった。そしてアイコンの下には"DMAQ"と書いてる。これがアプリの名前なのか?
「さぁさぁ、早速そのアプリを起動してみてよ」
不審に思いつつも促されるがまま、おれはアイコンをタッチしアプリを起動させた。
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