第十話 本庄宿奔走
本庄宿は中山道の北と南にそれぞれ旅籠や蕎麦屋、酒屋などが連なった宿場町で、北側にある田村本陣はかつて徳川家茂に降嫁するため江戸へ向かった皇女和宮もご宿泊された。
沖田総司曰く、いま近藤勇はこの浪士組結成を呼びかけた一人である池田徳太郎と、沖田と同じく手伝いとして伴われた永倉新八の3人で北側の旅籠屋を押さえに奔走しているという。
そして南側の旅籠屋を浪士組の"道中目付け役"という役職の岡田盟という男と沖田総司の2名で回っていた。
「岡田さん、ご紹介します。私の兄と、兄のいる三番組でしたっけ、その小頭の新見錦さんが我々のお手伝いに中山道を疾走し、駆けつけてくださいました」
沖田に伴われ岡田盟と対面した。岡田は全体的にでっぷりとした体格で、赤い唇は裂けたように大きく、重そうな一重瞼の貫禄のある男だった。
そういえば岡田に限らず幕末の男の平均身長は155cmと何かで読んだことがあるが皆それよりも遥かに大きく見える。ただ新見錦といえば恐らく平均身長ほどだろう。
「おお、それは助かる。遠慮なくお力添えいただきますぞ。あと36名分もの宿を押さえる必要があるので」
容姿とは違い、意外な愛想の良さを見せた岡田盟と沖田総司、沖田林太郎、自分の4人で片っ端から南側の旅籠屋を回る。
電話もネットもない宿の手配は想像以上に大変だった。
旅籠屋を見つけ、直接主人や従業員に空き部屋を確認し、各組の人間関係、格を忖度し、人員を当てはめていくという工程はパズルのようでなかなか大変だった。さらにこれを管理監督しなくてはならない近藤勇の役割は相当苦労するであろう。
自分が最後に入った福田屋と言う旅籠屋でなんとか人数分の宿を確保することが出来た。
「義兄さんと新見さんのおかげです。助かりました。それでは北の村田屋というところに近藤さんがいます。そちらで隊ごとに宿を割り振ることになっているので共に参りましょう」
その名を当たり前のように聞かされ緊張が走った。
ついに後の新選組局長近藤勇と相見えることになる。
村田屋までの道中、沖田総司は常に何かしら喋っている。先程の旅籠屋押さえの時も感じたが昔の人は伝達手段が限られているためか現代人と比べると皆愛想が良いし、多弁な気がする。
「私はこれまで剣しか知らずに生きてきましたからね。みな人は剣も入れて3本の手を持つものだと幼少の頃は思っておりました。そんな私がこのような見知らぬ土地で宿を求め駆けずり回るなんて考えもしなかったなぁ」
特に江戸っ子の沖田総司はその中でもナンバーワンのおしゃべりで、自分にとっては歴史上の偉人であるのにも関わらず、その気さくさを前にするとつい、昔からの知り合いのような親しみを感じて馴れ馴れしくなってしまう。
「沖田さんは12歳で白河藩の剣術指南役と試合をして勝利したと噂を耳にしたが、それは本当でござるか?」
そういえばおれは沖田総司のこんな細かいプロフィールが咄嗟に出るくらいの歴史マニアであっただろうか?
記憶というものが〈保持〉→〈想起〉という過程を辿るものだとしたら転生後は"想起"が淀みなく出来るようになった気がする。
それは幕末の年号だったり、人物の経歴だったり、どこかで触れた情報が脳に保持されていて、何かことに触れるとすぐさま想起することが出来る。これは転生の影響なのだろうか?
沖田総司はおれのミーハーな問いかけにうーんと少し小首を傾げると「ああ、そうらしいですね」と他人事のように答えた。
「らしい?らしいとは?」
「ええ、あんまり覚えてないのですよ。昔のことって」
「新見さん、このように総司は本当にいい加減なやつなのです」
沖田林太郎も先程と比べるとおれとの距離が近くなったような気がする。
沖田総司のフレンドリーな雰囲気がおれも含む皆に伝播しているのかもしれない。
「いやだなぁ。それを言ったら子供の頃姉さんに叱られたことや兄さんにいじわるされたことなんて仔細に覚えておりますよ」
そんな風に和やかに北の旅籠に向かうと村田屋と書かれた看板が目に止まった。
その下には総髪に鉢巻をした屈強な体格をした男が立っていた。




